1037/1000 氷川の杜公園(東京都渋谷区)

2015/08/15

港区 身近な公園 全フェンス型 土俵 東京都

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東京で氷川神社と言えば赤坂や元麻布にあるものが有名ですが、氷川の杜公園があるのは渋谷の氷川神社の隣です。
赤坂氷川神社のサイトによれば、江戸時代には「江戸七氷川」と呼ばれる著名な氷川神社があったようで、それの一つに数えられています。また東京都神社庁のサイト内の渋谷氷川神社のページによれば ”境内には江戸郊外三大相撲の一つ金王相撲の相撲場の跡がある” とされており、古くはたいそう賑わった神社であったようです。

それはさておき、現在の氷川の杜公園。この参道の左横にあります。

出入口には鍵付きの扉があり、開園時間が記されていました。夜間は閉園です。

園内に入ると目に飛び込んでくるのは、こちらの土俵。木屋根の架けられた立派なものです。
上述した渋谷氷川神社のページには「相撲場の跡がある」と書かれていますが、とするとこれだけしっかりした土俵は「跡」では無いように思うので、どこかに別に「跡」があるのかも知れません(いやでも、史跡「○○跡」に「○○」が復元されていることはよくあるしなぁ...)。
さらに、現地の解説板は相撲場の跡ではなく「相撲跡」となっていて、「相撲場は今も残っています」と書かれていました。

●現地の解説板より「氷川神社金王相撲跡」
東2丁目5番6号
この氷川神社の創建は、区内でも古く、かつての下渋谷村、下豊沢村の鎮守社でした。そのころの祭日は、9月29日で当日は境内で相撲が行われ、その相撲場は今も残っています。
この行事を金王相撲といい、いつごろから始められたか明らかではありませんが、かなり古くから行われていたらしく、近郷はもちろん、江戸の町からも見物人が集まり、凶年などには休業しようとしても見物人が集まるので、やむなく興行したといいます。
ここで相撲をとったのは、本職の江戸の力士ばかりではなく、近郷の若者も大勢参加し、江戸時代の村のレクリエーションの場となっていました。
渋谷区教育委員会

屋根から吊るされた幕に染め抜かれているのは、渋谷区のマーク。「渋」の字をデザインしたものだと言うのですが、ここにあると蹲踞している力士のようにも見えてきます。


もちろん園内には幼児向けの小ぶりな複合遊具やブランコなどもあり、相撲専用の公園というわけではありませんが、なんとなく「氷川神社の境内にある相撲場の敷地を借りて遊具を置いています」という感は拭えません。


神社参道から見下ろす景色も美しい氷川の杜公園でした。

(2015年5月訪問)

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