日本1000公園

日本の都市公園は約10万ヵ所。その1/100なら行けるだろうと思って始めた覚え書きですが、1000ヵ所を超えても続いています。揺れる動物も集めています。

2012年6月30日

64/1000 今津浜公園(兵庫県西宮市)

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地元では「今津浜公園」と呼ばれていますが、正式には「兵庫県立 甲子園浜海浜公園 今津浜・浜地区」という長い名前です。
甲子園球場から南西へ約1.5km、球場近辺の駐車場が混み合う試合日には、このあたりまで車を停めに来る人が見られます。

遊具の目玉は、標高8mの丘の上から降りてくるローラースライダー。全国各地で見れば桁外れに長いものがありますのが、阪神間の市街地ではなかなか見られない長さです。

「海岸沿いの公園に盛土された丘」という立地が、東日本大震災の津波で奇跡的に避難場所となった仙台市海岸公園の冒険遊び場にも似ていますが、ここは背後にURのマンションが並んでいますので、少し頑張ってそちらまで逃げた方が良いでしょう。

もう一つの人気は、こちらの幅広すべり台。
勾配がきついので、小さな子が少しだけ勇気を振り絞って滑る姿が微笑ましいです。


もうひとつ、広大な砂場も目玉なのですが、すべり台に比べるとイマイチ人気が無いように見受けられます。
これだけ大きな砂場はなかなかありませんので、どこかの温泉地の千人風呂みたいに、「千人遊べる千人砂場」といったネーミングで宣伝しても良いかも知れません。

写真中央部が延々と砂場です

ちなみに、この公園と南側の岸壁の一帯は兵庫県の広域防災拠点になっており、救援物資の保管場所(倉庫)が設けられているほか、災害時には公園全体が自衛隊など救援要員のキャンプとなることが定められています。 そんな関係もあってか、公園からも見える岸壁の部分で消防や警察の訓練がよく行われているので、運がよければ子供たちの大好きな特殊車両が集合している場面に会うことできます。

甲子園浜海浜公園のHP

(2012年4月訪問)

2012年6月29日

63/1000 東口児童遊園(兵庫県西宮市)

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2001年に阪神・西宮駅付近が高架化される際、それまで直近の東隣にあった「西宮東口駅」が西宮駅に統合・廃止されました。
その高架下の駅跡に、わずかに駅の名残を伝える「東口児童遊園」があります。

複合遊具が一つあるだけの小さな公園ですが、もともとの駅跡なので周りにはそこそこ人通りがありますし、隣には子供の多いスイミングスクールもあるせいか、何となく使われている雰囲気があります。
遊具が一つだけのシンプルなつくりです

公園の横には、金属プレートをはめ込んだ記念碑が建てられており、無くなった駅のことが書かれています。
文字部が傷んできて、ちょっと読みにくくなっています
(2012年6月訪問)

2012年6月28日

62/1000 産所公園(兵庫県西宮市)

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阪神・西宮駅の西側が産所町(さんしょちょう)。
産所公園は、阪神電鉄の高架化でできた廃線敷の道路に沿った細長い公園です。
ソメイヨシノがなかなか立派です

そういう経緯があるので、出入口の脇に踏切警報機がモニュメントとして立てられています。
しかし高架化される前に、この場所に踏切があったかどうかは、さっぱり思い出せません。
産所公園(兵庫県西宮市)

東屋の横には、色々な動物の足跡が刻まれたモニュメント。
タツの代わりにタツノオトシゴも混じっています。
産所公園(兵庫県西宮市)

(2012年6月訪問)

2012年6月27日

61/1000 代々木深町小公園(東京都渋谷区)

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No.60の「はるのおがわコミュニティパーク」と対になるのが、こちらの代々木深町小公園。
ボール遊び用のフェンスがある広場と、オーソドックスな遊具広場とで構成されています。

コミュニティパークの方は、楽しいのですが自由すぎるので、せめて幼稚園以上でないと安心して遊べません(もちろん遊べないことはないのですが、楽しくて小学生達に勢いが出すぎるので、幼児は付いていけないでしょう)。
美しいケヤキの木の下に遊具広場

なので歩けるようになったくらいの幼児達は、こちらのお砂場や複合遊具で。
近い場所に、けっこう理想的な住み分けができていると思います。
小さな子供にはこちらの方が安心です

(2012年5月訪問)

2012年6月26日

60/1000 はるのおがわコミュニティパーク(東京都渋谷区)

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No.59 代々木公園の中央芝生広場から西門に出ようとすると、10mほどの高低差がある崖を降りねばなりません。それは、代々木公園の西側は河骨川(こうほねがわ)の流れる低地になっているからです。
そして、今は地下に隠された河骨川沿いの旧道と井の頭通りの間の細長い土地を利用して、2つの小公園がつくられています。
以前は1つの公園の北地区・南地区という扱いだったはずなのですが、北地区にプレイパークができて色合いが変わったためか、今は北が「はるのおがわコミュニティパーク」、南が「代々木深町小公園」という公園名になっています。

2012年6月25日

59/1000 代々木公園(東京都渋谷区)

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代々木公園は、総面積約54ha、東京都心部では最大規模の公園です。すぐ北側に70haの明治神宮の森も隣接しているため、航空写真で見ると「大都会に浮かぶ緑の島」に見えます。
古来このあたりは「代々木の原」と呼ばれ、江戸時代には大名家の下屋敷が多く置かれました。江戸末期で言えば、代々木公園の敷地は信州高島藩、結城藩、岸和田藩などの下屋敷でした。

月日は流れ、明治になると大名屋敷は畑に姿を変え、それが陸軍に買われて練兵場となり、戦後はアメリカ軍の宿舎(ワシントンハイツ)として接収され、1964年の返還後は東京オリンピックの選手村として利用され、5ヵ年の工事を経て1971年に東京都立代々木公園として全面開園しました。

整備計画はコンペによって選ばれたのですが、その募集要項には「東京都唯一の森林公園として造成される」と記されており、明治神宮と一体的な森をつくることが意図されていました。
それから40年。現在は立地や規模、内容から日本を代表する公園の一つになっています。

2012年6月24日

58/1000 百舌鳥本町チャービル広場(堺市北区)

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御廟山古墳に行った帰りに見つけた小さな公園。

付近は古くからの住宅街なのですが、この公園があるのは、袋小路状の道路(クルドサック)の周りに新興住宅が並ぶ一角で、立地的にその住宅地専用の遊び場と言って良いと思います。

宅地1区画分をそのまま広場にしたくらいの広さです

堺市では、ここのような小規模な遊具広場に植物や鳥の名前を冠しており、その数が多すぎてかなりマイナーな名前も使われています。ここではハーブの一種「チャービル」を名乗っていますが、公園内にチャービルが植えられているというわけではなさそうです。
機会があれば、ほかの植物名の付いた広場にも行ってみたいものです。とくにマンドレーク広場は気になります...

(2012年6月訪問)

2012年6月23日

57/1000 重箱緑地(鳥取県鳥取市)

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鳥取県の東部に、千代川という大きな川が流れています。
最下流部にあたる鳥取市内では、大正期に河道、昭和に入って河口の付け替えがおこなわれており、1983年から現在の形になっています。

で、その旧河道の一部が沼地のような状態で残っていたのですが、そこに流れ込む袋川、狐川といった小河川が氾濫しやすいということで、最近になって大雨の際に水を逃がす遊水池として整備されました。その遊水池の普段使いのためにつくられた公園が「重箱緑地」です。

下の図で赤線が江戸時代の河道、青アミが重箱緑地です。
重箱というのはよく分かりませんが、「江戸時代の河川改修でつくられた石積みが重箱に見えた」ので、この辺の沼を重箱と呼んだという説があるようです。
Google+アルバムの編集機能にて作画

公園は大きく3つのブロックに分かれます。
一番南が多目的広場のブロック。
最近水を貯めたというわけでもないと思うのですが、もともと水捌けの条件が悪いせいか、広場の路面は荒れ気味です。
グラウンド部分に水たまりができやすくなっています

中央が遊具広場のブロック。
ほぼ一つの複合遊具があるだけなのですが、それがかなり大きいので、一番の人気スポットになっています。
子供は一度上ったらなかなか下りてこないことでしょう

北側は沼地の環境を活かした自然寄りのブロック。
野鳥を観察するための観察小屋のようなものも設置されています。
ただし窓の向こうは整備したての植栽地で、まだ野鳥が集まる雰囲気にはなっていませんでした。
この窓の形は!

...と、この観察小屋の窓の形を見て、ピンと来ました。お城の壁にある「狭間(さま)」ですね。城の中から矢や鉄砲を撃つための穴です。
なぜそんな形をしているのか、と考えると、実はこの重箱緑地のあたりは戦国時代の合戦場なのです。

羽柴秀吉が毛利方の吉川経家が籠もる鳥取城を攻めた際、鳥取城から北西に延びる尾根上に、雁金山城、丸山城という出城がありました。
毛利方の補給船が千代川の河口から入り、この丸山城からのラインで鳥取城に兵糧を運び込もうとするので、河口付近で何度か大きな戦闘がおこなわれています。結果、河口の制海権は羽柴方に渡り、雁金山城も落とされたことで鳥取城は孤立し、ついに開城に至るのです。
鳥取城の攻防は、あまり派手な戦闘のない籠城戦だったため、河口付近の戦いと、雁金山城の戦いは特筆されるものです。

改めてこの観察小屋のあたりに立ってみると、目の前に丸山城、奥に鳥取城、さらに奥には秀吉が陣を置いた本陣山が一望できます。
今の鳥取城跡に行くよりも、この重箱緑地に来た方が、秀吉の鳥取城攻めの姿は掴みやすいのではないかとさえ思います。
手前の大きいのが丸山、中央の尖っているのが鳥取城

しかし現地には、この合戦について触れられた案内板などはないため、地元の有志の方が手弁当で解説をおこなっていました。上の写真の幟も、この方が自前で揃えたものだそうです。

公園管理の立場からすると、こういう方は大歓迎。「勝手なことばっかりして!」と怒るよりも、仲良くしてもっともっとやってもらった方が良いと思います。
お手製の移動解説板で色々教えてくださいました

鳥取市による紹介ページ

(2012年5月訪問)

2012年6月22日

56/1000 太平公園(鳥取県鳥取市)

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JR鳥取駅を北に出て鳥取大丸の横のアーケードを抜けると、駅徒歩5分といったところで栄町、瓦町に出ます。鳥取駅と鳥取城跡、県庁、市役所とを結ぶメインストリートの若桜街道から一筋入っただけなのですが、住宅街と飲み屋街が混じり、歯抜けの空閑地も目立つ、なんとも気の抜けた雰囲気のある地区です。
ここは、かつて「衆楽園」と呼ばれた赤線地帯で、加藤政洋の『花街-異空間の都市史』(朝日選書)によれば、明治初年に旧藩主の別邸跡に花街が誕生してから売春防止法の罰則施行によって赤線に終止符が打たれるまでの85年間、花街-遊郭-赤線と業態を変えながら賑わってきたということです。

そういう歴史と環境のなかに、大平公園はあります。
にもかかわらず、以前はブランコや砂場のある普通の児童公園だったので、どうにも街の中で違和感があったのですが、2003年に改修されて現在の姿になりました。

公園のすぐ横には、往時の雰囲気を残す建物やスナック横丁などがあります。
もっとも、1952(昭和27年)の鳥取大火で、このあたりはほとんど焼失していますので、雰囲気のある建物もその後の再建だろうと思いますが。 
なんとなく往時の雰囲気を伝える建物

2012年6月21日

55/1000 沢井手公園(鳥取鉄道記念物公園) (鳥取県鳥取市)

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鳥取駅の南に山白川という川が流れています。
正確には、高架になっている鳥取駅の下をくぐって駅の北側に向かって流れていき、鳥取温泉街の中を通って旧袋川と合流します。
鳥取駅の高架化が完了したのは1978年(昭和53年)のこと。それ以前はどんな流れだったのかはよく知りません。

で、その高架化の際に不要になった駅関係の物品を移設したのが、駅南の山白川沿いにある沢井手公園。公園の入口には大きく「鳥取鉄道記念公園」と掲げられているため、こちらの名前の方が通っていますが、都市公園としての正式名称は沢井手公園です。

写真に撮るとわかりにくいですが、「鉄道記念物公園」の看板。
車止めのように寸足らずの踏切警報機が控えています。
沢井手公園(鳥取鉄道記念物公園)

駅舎、線路、信号機と、高架化前の駅を結構な規模で移してきたように思われます。プラットホームまで移設したかどうかはわかりませんが。
20年くらい前(1990年頃)には、ここに機関車が置かれていたような気もするのですが、確認できる資料が出てきませんでした。公園の雰囲気に引っ張られた誤った記憶かもしれません。
沢井手公園(鳥取鉄道記念物公園)

さらに、ポイント切り替え機やらなにやら、あまりあちこちで展示されてはいないような物品まで置かれています。「記念物公園」の面目躍如と言ったところでしょうか。
もっとも、解説も何もないので、何に使う物品なのかがさっぱりわからないものもありました。
また、旧国鉄には国鉄総裁が「鉄道記念物」を指定するという文化財保護的な制度があったそうですが、それとの関係も定かではありません。
沢井手公園(鳥取鉄道記念物公園)

鳥取らしい、駅前でありながら鄙びた雰囲気のいい公園ではあるのですが、開設から約35年。そろそろ公園全体のリニューアルの時期が来ているように思いました。

(2012年5月訪問)

2012年6月20日

54/1000 堂島公園(大阪市北区)

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No.50の北谷公園(渋谷区)は敷地の半分をバイク駐車場に取られてしまった気の毒な公園でしたが、この堂島公園は入口に大々的に「喫煙所」と看板を掲げられた気の毒な公園です。
それでも北谷公園にはベンチがあったので座ってくつろげましたが、ここは立ったまま煙草を吸うことしかできません。
堂島公園
御堂筋から公園を見る

この10年ほど、タバコを屋内で吸いづらくなってからは、繁華街近くの小公園はもっぱら喫煙所代わりとなっていますが、ここまで露骨なのは珍しいと思います。
いちおう、「“Smoking Space”とは言うけど、全部じゃないよ。透明の壁の向こう側の“Manner Spot”で吸いなさいよ」という姿勢を示してはいるようですが...
堂島公園
一般利用者と喫煙者を隔てる透明壁
(2012年6月訪問)

2012年6月19日

53/1000 尾張町児童公園(石川県金沢市)

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尾張町は金沢城の北側にあたり、かつては街道沿いの商家町として盛え、今も古い商家建築が残る地区です。そのような地区なので、商家、事務所ビルなどが建ち並び、オープンスペースは多くありません。
その中にあって貴重なオープンスペースが尾張町児童公園。三方を建物に囲まれていますが、あまり高い建物ではなく、また公園自体の間口も広いため、圧迫感はありません。

尾張町児童公園(石川県金沢市)しかし、公園の出入口はすべてネットフェンスで仕切られており、入るのを若干、躊躇してしまいます。ボールや子供の飛び出しを防ぐためなのでしょうが、
ちょっと目立ちすぎな気もします。

尾張町児童公園(石川県金沢市)
公園の一番奥がブランコ、すべり台、砂場などの遊具広場になっています。
(2012年5月訪問)

2012年6月18日

52/1000 彦三(ひこそ)緑地(石川県金沢市)

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彦三緑地(石川県金沢市)
浅野川にほど近い、金沢市彦三町にある彦三緑地は、ツツジの名所です。
もともとは、金沢藩士・遠田自省が藩主から拝領したツツジだということなので、遠田邸跡を公園にしたということなのでしょう。

平成17年に改修された際に、ツツジの種類と数を大幅に増やして、現在は72品種約1400本があるそうです。
訪問したのがツツジの花にはやや遅い季節だったのが残念です。


彦三緑地(石川県金沢市)
園内にはクスノキの大木と土蔵があります。
このクスノキも、なかなか見応えがあります。
彦三緑地(石川県金沢市)
土蔵の中は改修され、ツツジ資料館を兼ねた休憩所になっています。
(2012年5月訪問)

金沢市の公園紹介ページ

2012年6月17日

51/1000 ひょうたん児童公園(石川県金沢市)

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ひょうたん児童公園(石川県金沢市)
金沢市に「瓢箪町」という町名がありますが、瓢箪町公民館は、なぜか隣町の彦三町にあります。まぁ江戸時代からの古い町名のようなので、色々と経緯があってのことでしょう。
その瓢箪町公民館の隣にあるのが、ひょうたん児童公園。
1枚目の写真で見ているのが、ほぼ全景の小さな公園です。
ひょうたん児童公園(石川県金沢市)
公園の奥の方に、「巴橋」と書かれた石柱がありました。明らかになにかを保存・顕彰しているようなのですが、説明書きなどはないためさっぱりわかりませんでした。
戻ってからネットでも調べてみましたが謎のまま。
いつか知りたいものだと思います。
(2012年5月訪問)

2012年6月16日

カメ型3~揺れる動物

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浦島太郎気分になれるカメ型。
かなり単純化されているため「本当にカメなのか」と問われそうですが、「では、カメでなければなんなのです!!」としか答えようがないデザインです。

 

2012年6月15日

50/1000 北谷公園(東京都渋谷区)

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渋谷駅から代々木公園へ向かう南北の道が公園通り。
その一本東側の細い通りを「プチ公園通り」と呼ぶらしいのですが、その「プチ」なのが、この北谷公園らしいです。
なにしろ繁華街なので、公園の半分が有料のバイク駐車場になっているという気の毒な公園なのですが、それでも人々に認識されているというのは大したものです。

2012年6月14日

49/1000 中之島公園(大阪市北区)

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大阪の中心部にある中之島公園は、中之島の東半分くらい、四つ橋筋のあたりから剣先と呼ばれる島の東端まで続く公園です。
もっとも、四つ橋筋から大阪市役所市あたりまでは「中之島緑道」と呼ばれる別公園扱い、市役所から図書館、公会堂、東洋陶磁美術館のあたりまでは建物や道路が目立っていて、公園っぽさが出るのは難波橋から東のブロックだと思います。
2009年完了の再整備で大きな芝生広場もでき、なにかというとイベントに使われています。どこからか砂を運んできてビーチバレーの会場になったことも。

季節は限られますが、バラ園の出来映えはなかなかのもの。皆さんの人気も上々です。
「ばらぞの橋」を挟んで、東西に分かれています。
すぐ横にバーベキューレストランがあり、川と庭を眺めながら食事が楽しめます。
細い園路沿いにも立体バラ花壇。

(2012年5月訪問)

大阪市の公園紹介ページ
日本の都市公園100選、日本の歴史公園100選

2012年6月13日

48/1000 大宮町六丁目街区公園(奈良県奈良市)

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近鉄新大宮駅から奈良市役所に行く途中にあります。
周辺は駅近の事務所&飲み屋街なので、すべり台やブランコのある児童公園はあまり似合わないのですが、夕方に通りがかると結構こどもが遊んでいます。
昼間はたいがいサラリーマンが電話をしたり煙草を吸ったりしていますが。

(2012年5月訪問)

2012年6月12日

47/1000 新伝馬町公園(仙台市青葉区)

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仙台市随一の繁華街である中央通り(アーケード)から一筋入ったところにある小さな公園です。

ここは、すぐ横に店を出したアウトドア衣料品のパタゴニアが、「せっかく店を新しく出すのに、横にある公園が古ぼけていてはちょっと・・・」と言って、公園まるごとリニューアルするだけの寄附をしたという経緯を持つ公園です。
新伝馬町公園(仙台市青葉区)

リニューアルにあたっては、付近の住民や商店の方々も巻き込んでの話し合いがおこなわれました。
繁華街の公園は、とかく荒れてしまいがちなのですが、そうした経緯を持つので、パタゴニアも地域の皆さんも熱心に管理に取り組んでおられ、美しく保たれていました。
新伝馬町公園(仙台市青葉区)

新伝馬町公園について詳しいページ

(2011年7月訪問)


2012年6月11日

46/1000 牧志公園(沖縄県那覇市)

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那覇の国際通りが安里川を渡る蔡温橋のたもと、モノレール牧志駅の道向いにあるのが牧志公園。
賑やかな国際通り沿いの割には、落ち着いた雰囲気のある公園です。
でも、国際通りに面したこの出入口付近の木陰では、よく座り込んでお酒を飲んでいる人たちを見かけます。
まぁ沖縄は暑いから、日が暮れたら涼しい外でお酒を飲むのは普通のことです。
奥に見えるのが「東の拝所」「牧志ウガン」と呼ばれる拝所です。拝所(うがんじょ)とは、沖縄の信仰で神様を拝む場所です。まぁ漢字の通りの意味ですね。
もともとこの公園の土地は、牧志村の拝所を中心とした共有地で、戦後に占領軍の政策で「神道に関する土地を共有地、私有地として登記するのはダメ」となったため市に移管されて、のちに公園となった経緯を持ちます。

復帰前の一時期には、相撲場や闘牛場(野外劇場)が設けられていました。公園の中心部を取り囲むスタンド状のコンクリート構造物(観覧席?)は、その頃のイメージを伝えるものなのかも知れません。
(2012年4月訪問)

牧志ウガンについて詳しいブログ

2012年6月10日

45/1000 竹田公園(大分県日田市)

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三隈川沿いの細長い敷地の公園です。
遊具広場や芝生広場のある、さほど大きくはない公園なのですが、50mプールやテニスコートなどがあり、運動公園としての性格も持っています。

相撲場もありました。
私は相撲好きなので、公園に土俵があると、ついつい写真を撮ってしまいます。

公園を出て道を渡ると三隈川のアシ原。
ここに仕掛けた「鮎やな」で捕れた鮎を食べさせてくれる店が公園のすぐそばにあります。


日田市の公園紹介ページ


2012年6月9日

44/1000 三隈川公園(大分県日田市)

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No.43の亀山公園から三隈川の可働堰の上を渡ると(歩行者と自転車は通れます)、三隈川公園があります。
公園と一体的に「三隈川・川の情報室(三隈川交流センター朝霧の館)」という国土交通省の河川管理のための施設がありますので、おそらく河川改修や可働堰の設置にあわせて整備(もしくは再整備)された公園なのではないかと思います。



公園の横から、カッパが三隈川を見守っています。
カッパの横には鵜。三隈川では鵜飼いも有名です。川沿いの温泉宿に泊まると、屋形船で鵜飼い見物&夕食というコースもあるそうです。

三隈川の鵜飼いの紹介ページ

公園の売りものは三隈川の景観なので、ベンチもパーゴラも川を眺められる位置にあります。


桜の木がたくさん植えられているので、季節になれば川を眺めながら気持ちの良い花見が楽しめることでしょう。
(2012年3月訪問)


2012年6月8日

43/1000 亀山公園(大分県日田市)

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No.42の隈町公園から川沿いの小道を少し歩き、小股川にかかる橋を渡ると、日田市のシンボルでもある亀山(きざん)公園に着きます。
かつての日隈城の城跡ですが、今は公園と日隈神社となっており、城跡の名残らしきものはハッキリと目にすることはできません。
三隈川に可動堰が設けられているため、水の流れが緩やかで、川面に美しい山の姿が映えています。
神社の参道なのか公園の園路なのか判然としませんが、すごく立派な石灯籠があります。
戦前までは神社と公園と公共用地(集会施設など)の境界線が割と曖昧なことが多かったので、ここもそうだと思います。ちなみに日隈神社の祭神は、後醍醐天皇と楠木正成。明治の神仏分離で、近くの寺から移ってこられたそうです。
山麓の北側は広場になっており、芝生広場、遊具、トイレ、流れなどがあります。
また、ここから小股川を挟んだ対岸の温泉街の建物を眺めると、風情ある景観を楽しめます。
(2012年3月訪問)

日田市の公園紹介ページ