225/1000 牧志北公園(沖縄県那覇市)

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牧志北公園は、那覇の中心部、細い道が入り組んだ牧志の住宅地の中にある小公園です。

ほぼこれで公園の全景。
階段状に仕切られた敷地の下の段にブランコがあり、そのほかは植栽と拝所くらいしかありません。

ブランコは座板がフレーム上部に巻き付けられていました、イタズラなのか遊具に不良があって使用停止にしているのかは不明です。

上段部の中央には、冬の初めにきれいなピンクの花を咲かせる樹がありました。沖縄には東南アジアや中南米から導入された外来の公園樹も多いため、なにかよくわかりません。花と葉の感じはピンクテコマ(モモイロノウゼン)に似ているようにも思うのですが花の時期が違うし、でさっぱりです。

(2012年10月訪問)

224/1000 緑ヶ丘公園(沖縄県那覇市)

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緑ヶ丘公園は国際通りの北、徒歩1分の位置にある市街地にしては大きな公園で、沖映通り、一銀通りという人通りの多い通りに囲まれているのですが、どの通りからも一皮分だけ建物で遮られており、まったく目立たないという不思議な公園です。
また、古い市街地の真ん中にありながら「緑ヶ丘」などという新興住宅地みたいな名前が付いているのも不思議です。実際、緑の丘があるにはあるのですが。

その緑の丘がこちら。公園の北側ある、一見すると城跡のような巨大な石積みです。
中心に舞台のようなスペースがあることから、どうも元の地形を活かして野外劇場のようなイメージで整備されたものだと思われます。もっとも、周りに住宅が多いため音の問題があると思われ、実際のイベントにどの程度使えるかは不明です。なかなかミナック・シアターのようには行きません。

223/1000 松尾公園(沖縄県那覇市)

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那覇の観光地と言えば国際通りですが、それに隣接するところでガイドブックなどでよく紹介されるオシャレ通りが浮島通りで、古くからの店に混じって若者向けの古着屋やカフェが点在しています。
その浮島通りから少しだけ坂を上ったところにあるのが松尾公園で、那覇市街に多い、斜面地を上手に取り込んだ形の公園です。

こちらが坂の上、那覇高校の向かいあたりから見た松尾公園です。奥の方にワラビかゼンマイみたいに地面から突き出た石造のモニュメントが見えるあたりから斜面になっていますから、平らな広場はさほど広くありません。
ちなみに手前の石敷きの部分、写真の都合で半分ほどしか写っていませんが、黒い模様は那覇市の市章型になっています。

222/1000 与儀公園(沖縄県那覇市)

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No.221はヤギの公園でしたが、本日はヨギの公園です。

沖縄では公共交通はバスがメインのため、いくつものバス路線が通ってターミナル的な役割を果たす交差点があります。そうした主要な交差点は土地の名前が付いた「○○十字路」と呼ばれていることが多く、その中のひとつ「与儀十字路」に面した公園が与儀公園です。
そういう場所柄のうえ、与儀公園の周りには県立・市立の図書館、那覇市民会館、赤十字病院や県立看護大学、沖縄県知事公舎などが集まっており、一帯は那覇の文化拠点の様相を呈しています。

与儀十字路の歩道橋から見下ろした公園の入口。
沖縄らしく、ヤシやシュロ、ガジュマルなどが多く植えられています。

221/1000 大石公園(沖縄県那覇市)

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大石公園は那覇市の東部、旧・真和志市にあたる区域にあります(そうは言っても国際通りから2~3キロほどしか離れていませんが)。ちょうど那覇に行く用事があった時に、「公園でヤギを飼っているボランティア団体があって、ヤギと幼稚園児のかけっこなどがおこなわれた」という面白い新聞記事を見かけたので、ちょっと行ってみました。

大石公園のまわりは、もともとは那覇と首里との間に挟まれた農村で、1950~60年代に那覇からのスプロールで人口が急増した地域です。地形的には台地と、それを削る川とで起伏の多いところなのですが、平地や斜面地はだいたいが市街化されており、山のてっぺんと川沿いの急な斜面が公園になって残っています。

こちらが公園東側の入口。坂を上っていった先に公園の広場があります。

220/1000 水前寺江津湖公園の一部(熊本市中央区)

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「水前寺公園」と言えば、一般的には熊本藩主・細川家の大名庭園である「水前寺成趣園(すいぜんじじょうじゅえん)」を指していると思います。近年の観光客数は年間30万人前後でズバ抜けて多いと言うことはありませんが、熊本市内では古くから熊本城と並ぶ観光地として知られています。

水前寺江津湖(えづこ)公園は、その水前寺成趣園から江津湖(上江津湖、下江津湖)という瓢箪型の湖に沿って約3キロが熊本市の公園になっているものです。名前には水前寺もついていますが、実際は江津湖畔がメインと言えます。
なにぶん大きな公園で、出張の空き時間では全部は回れませんでしたので、上江津湖周辺の地区について書いてみます。

219/1000 万行童夢公園(高知県黒潮町)

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No.218の入野児童公園から海の方に向かい土佐くろしお鉄道の踏切を越えると、大方児童館があります。これの愛称が童夢館。この童夢館の向かいにあるのが万行(まんぎょう)童夢公園です(万行は字名だろう思います)。

旧・大方町では公園を開設する際には竣工年月を記すことにしていたのか、この公園の園名板にもしっかりと「1991年3月竣工」と書かれています。訪問時点で21年が経過しています。
万行童夢公園(高知県黒潮町)

218/1000 入野児童公園(高知県黒潮町)

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No.217の土佐西南大規模公園(大方地区)の周辺は、旧大方町の中心地にあたります。古代の大方郡ないしは入野郡の時代から地域の中心であり、現在も町役場がある地区です。

ということで、大規模公園だけではなく市街地の小公園も見られます。その一つが入野児童公園です。
公園の入口には園名板の下に竣工日が示されています。昭和50年3月31日ということなので、訪問時点で37年が経過しています。

217/1000 土佐西南大規模公園 大方地区(高知県黒潮町)

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「名は体を表す」と言いますが、「高知県立 土佐西南大規模公園」という名前からはどのような公園が思い浮かぶでしょうか。なんとなく想像はできても、「大規模公園」がわかりにくいかも知れません。

その正体は、高知県の西南の方にある四万十市、旧大方町、旧佐賀町の3つの町(現在は旧大方町と旧佐賀町は合併して黒潮町)に分かれて3地区、それぞれに海岸沿いの砂浜や松林などを活かしたキャンプ場や広場、宿泊施設、スポーツ施設などを持つ海浜型のレクリエーション公園として整備されているものです。
今回はそのうちでも中心となる大方地区へ行ってきました。

大方地区は戦国時代末から植林が始まったと伝えられる「入野松原」を中心に、約3kmの海岸沿いに広がっており、ホテル、文学館、ホールなどの文化施設、野球場、体育館、テニスコートなどのスポーツ施設、キャンプ場、サイクリングコース、さらに隣接地にはクジラウォッチングの船が出る漁港、物産館、ウミガメが産卵に来る砂浜などもあり、かなり盛りだくさんの内容となっています。
あまりに盛り沢山なので全体をゆっくりと見て回ることはできなかったのですが、ざっくりと。

右が松林、左が太平洋です。
この写真では海浜植物の草むらがずいぶんと広いようにも見えますが、砂浜も草むらもそれぞれ幅広で、両方をまとめて撮影することが難しいのです。
土佐西南大規模公園 大方地区(高知県黒潮町)

216/1000 鏡川沿い唐人町の小公園(高知県高知市)

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高知城下を流れる鏡川沿いには堤がありますが、古い時代につくられたもののようで堤の上に家が立ち並んでいます。水害への不安はあるように思いますが、日々の暮らしで言えば、鏡川を見下ろすロケーションが魅力です。

そんな堤上の家々に並んで、園名板の見当たらない小公園がありました。規模で言えば児童遊園クラスです。
鏡川沿い唐人町の小公園(高知県高知市)

215/1000 松淵川公園(高知県高知市)

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No.213の八軒町公園のすぐ近くにあり、元は公園の前の道が松淵川という川だったようです。

それにちなんで、公園の入口には舟の形をした花壇もしくは砂場があります。長年使われていないようで土がカチカチになっており、ハッキリとした用途がわかりませんでした。
松淵川公園(高知県高知市)

公園内は東側が広場、西側が築山の上に置かれた木製複合遊具の遊び場と分かれているのですが、複合遊具は老朽化が進んでいるようで使用禁止になっていました。
松淵川公園(高知県高知市)
松淵川公園(高知県高知市)

214/1000 八軒町公園(高知県高知市)

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八軒町という町名は、このあたりが中洲を改良した新開地で武家屋敷が八軒しかなかったことに由来するといいます。町名変更で今はNo.213に出てきた鷹匠町に含まれていますが、鷹匠町も江戸時代に遡る町名なので、少々紛らわしくなります。

かつて中洲だったからというわけでもないのでしょうが、現在の八軒町公園も、いささか湿り気が多い感じの公園でした。
まず公園を入ったところの石敷きの目がすっかり苔に覆われています。雨上がりなど滑りそうなので注意が必要です。
八軒町公園(高知県高知市)

213/1000 鷹匠公園(高知県高知市)

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高知城下町の鷹匠町。もともとは鷹匠が集まって住んだ町なのですが、幕末に藩主・山内容堂が下屋敷を建設します。西郷隆盛が高知を訪れた際には、この下屋敷で容堂と会見したそうです。
そして明治時代になると、お城にはもう住めませんので、こちらが山内家の本邸となります。
さらに戦後になってこの屋敷がホテル(三翠園)となりますが、一部は公園となり現在に至ります。ちなみに三翠園の外回りには、屋敷の中に勤めていた藩士が寝泊まりした長屋跡が公開されています。

公園の中は草広場とトイレくらいで、目立った施設はありません。
鷹匠公園(高知県高知市)
鷹匠公園(高知県高知市)

212/1000 和霊公園(愛媛県宇和島市)

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宇和島市街地の北端に和霊神社という大きな神社があります。
江戸時代の藩主・藩祖を祭神とする神社は全国にありますが、この和霊神社は藩主に疎まれて殺された家老を祀っている点が面白いところです。このご家老、お祀りされるまでの間はかなり祟って大変だったそうですが。
和霊公園(愛媛県宇和島市)

その和霊神社の参道の横に和霊公園があります。
神社の方が宇和島でも格の高い神社ですので、それに合わせて、公園も参道に近いところは落ち着いた雰囲気の広場になっています。
和霊公園(愛媛県宇和島市)

211/1000 天久プリン山公園(沖縄県那覇市)

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「プリン山」という名前を聞いただけで、どんな公園なのかわくわくしてしまいます。いわゆる「つかみはOK!」です。
なんだか園名板のフォントも少しかわいい目のものになって、楽しげな雰囲気を高めています。
そしてその奥には...
天久プリン山公園(沖縄県那覇市)

210/1000 天久ちゅらまち公園(沖縄県那覇市)

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天久(あめく)ちゅらまち公園は、那覇新都心の公園群のなかの一つで、天久小学校、保育所に隣接しています。遊具はほとんどないのですが、広めの芝生広場と人工の蓮池があり、大人がのんびりとするのに向いている公園です。

209/1000 弁ヶ岳公園(沖縄県那覇市)

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琉球王国の時代、首里城の(霊的な)北の守りはNo.208の虎瀬公園がある虎瀬山でしたが、東の守りがこの弁ヶ岳公園のある弁ヶ岳でした。日の昇る東の方角であり沖縄の聖地である久高島が見える場所、さらに那覇市内最高峰ということもあって、琉球王国の時代から熱心な信仰の対象となっていたそうです。
また沖縄戦の際には、陸軍司令部が置かれた首里城の最終防御ラインの一翼を担うこととなり、トーチカなどが築かれました。

そのあたりは専門的な研究をしている方や趣味の方々に任せて、現在の弁ヶ岳公園について見てみましょう。

弁ヶ岳公園には、モノレールの首里駅から歩いて行くことができます。
たどり着いた公園北側の入口には、琉球石灰岩の堂々とした園名石のすぐ後ろに、いきなり東屋。公園内に入っていくためには、この横をすり抜けていかねばなりません。

208/1000 虎瀬公園(沖縄県那覇市)

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虎瀬(とらせ)公園は、琉球王国時代に王家の別邸が建てられていたという虎瀬山の山頂部を公園にしたものです。山の名前の由来は、首里城から見ると頂上の岩石が虎の頭に見えたからと言いますが、現在の山頂にはそれらしき岩は見あたりません。

別邸があったということだけ聞くと首里城から遠く離れた場所のようにも思えますが、両者の距離は直線で800mほど。首里城下町の範囲に含まれており、山裾の方には屋敷や寺院が築かれていたようです。
しかし、沖縄の風水思想から、この山は首里城を守る上で重要な神聖ポイントとして捉えられていたそうで、山稜には松林を保つように指示が出されていたと言います。単に景色が良いだけで王家直轄にはならないということでしょう。

さて、現在の虎瀬公園。山の名前は「とぅらじ」「とらじ」と発音するようですが、公園名は「とらせ」です。
山とは言いますが、現在は周囲がすっかり開発されているため、モノレールが上空を通る赤平大通りという大きな坂道から、さらに坂道をちょっと入ったところにあります。

坂道を上っていくと、公園の東南側の入口に着きます。城の郭のような感じで小さな平地が階段状に連なっていますが、これが王家の別邸時代の名残なのか、単なる造成なのかはさっぱりわかりません。
虎瀬公園(沖縄県那覇市)

207/1000 末吉公園(沖縄県那覇市)

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沖縄と言えば「自然が豊か」なイメージがありますが、市街化が進んだ那覇に関してはそのイメージは当てはまりません。その中にあって、一番まとまった樹林地が残っているのが、この末吉公園の一帯です。
首里から海に向かって東西に流れる安謝川沿いの渓谷と、その北側に立つ山の斜面とを公園にしたもので、どちらかと言えば自然保全のための公園だと言えます。

遊歩道は常緑樹やシダ類の多い南国の樹林地の中を通り抜けており、夏の雨上がりなどは樹木の活力がありすぎてむせ返りそうです。

渓流の近くを遊歩道がずっと通っているのですが、谷が深く、水音は聞こえるものの実際に水を眺められる場所は下写真の滝くらいです。
公園の上流側も市街地になっているため、見た目「水がきれい!」という感じではありません。とは言え公園としては見せ場の一つなので、周囲を伐り開くなどして、もう少し滝を目立たせた方が良いように思いました。

公園の北東側の入口付近には、自然学習などの拠点施設「那覇市立森の家みんみん」があります。ただし学校や子供会などの団体利用を対象としており、個人でフラッと行ける施設ではありません。
とは言え、こんな施設や公園がモノレール駅から徒歩5分のところにあるというのは市民の財産だと思います。

「みんみん」とは反対側、下流の市街地に近い場所には、遊具広場、芝生広場、舗装された園路などもちゃんとあります。幼稚園の遠足くらいなら、こちらのブロックの方が適しているでしょう。
遊歩道にヤシの木が倒れているのは、ちょうど台風の去った直後に訪れたため。普段からこんな管理状態なわけではありません。

芝生広場の一角には、松濤館流空手の開祖とされる船越義珍とその子・義豪を記念するマツが植えられています。内地であれば相撲取りなのかも知れませんが、沖縄では空手家を顕彰する記念碑的なものが公園内に置かれているのが散見されます。

那覇市による公園紹介ページ
那覇市立森の家みんみん

(2012年10月訪問)

206/1000 末吉東公園(沖縄県那覇市)

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No.205の末吉西公園では、一点豪華主義の滑り台が故障して使えなくなっていたために寂しい思いをしましたが、200mほど離れたところに負けず劣らずの豪華遊具を持つ末吉東公園があるので大丈夫です。
この二つの公園が同じ町内にあるのは、阿行吽行というかサンダ&ガイラというか、とにかく強力です。

それがこちら。個性的すぎて、なんと呼べばよいのかわからない巨大遊具です。
向かい合わせに二つの築山があり、一方の築山の上には角錐型に組まれた鉄パイプの塔があり、もう一方にはコンクリート製の東屋のようなものがあります。
末吉東公園(沖縄県那覇市)
末吉東公園(沖縄県那覇市)

205/1000 末吉西公園(沖縄県那覇市)

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浦添市との市境近くにある末吉西公園は、小公園であるにもかかわらず一点豪華主義の遊具で攻めていた公園なのですが、その遊具がちょうど壊れているタイミングで訪れてしまいました。
末吉西公園(沖縄県那覇市)

その遊具とは、このロングローラー滑り台。市街地の公園には珍しい長さです。
後ろに見えるコンクリート舗装の築山の上から滑ります。
末吉西公園(沖縄県那覇市)

204/1000 安岡ガジュマル公園(沖縄県那覇市)

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No.203の新都心公園の北端と道を挟んで斜向かいにあるのが安岡ガジュマル公園です。

こうした「植物名」や「動物名」の付いた公園には2通りあり、1つは旅館の部屋名やニュータウンの町名のように単にきれいな花や親しみやすい動物の名を冠しているもの(「松の間」や「雲雀ヶ丘」のような佳名のことです)、もう1つは公園に実際にあってシンボルとなるものの名前を冠しているものです。
前者はNo.58のチャービル公園のような例ですが、ここ安岡ガジュマル公園は後者にあてはまります。

203/1000 新都心公園(沖縄県那覇市)

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那覇新都心は、1987年(S62)に全面返還された米軍の住宅施設の跡地を区画整理して開発されたニュータウンです。
この丘陵一帯には、戦前は安謝、天久などの集落があり、集落周辺は農地や山林になっていましたが、沖縄戦の際には北から南へと向かう米軍に対する防衛ラインとなり、激しい戦闘が繰り広げられました。

現在の新都心は、おおむね1.5km四方くらいの範囲に業務地、商業地、高層住宅、低層住宅、学校などが計画的に配置されています。2000年前後から徐々に街開きが進み、現在はすべての地区で分譲が終わっています(建物が建っていない区画はありますが)。
当初の構想・計画と現状を比べると、色々と思い描いた通りに進んでいないところもありますが、そうは言っても沖縄県内では最大・最新の都市開発で、近傍の人の流れを大きく変えました。

202/1000 黄金森公園(沖縄県那覇市)

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No.201のタカマサイ公園から100mほど東に歩くと、黄金森(くがにむい)公園があります。

黄金森というのは、公園があるあたりの斜面地の森の旧来からの呼び名で、近くにある泊小学校の校歌にも歌われています。
いまは宅地造成が進んだために森の姿はなく、また地形の微妙なところもわからないのですが、きっと往時の方々にはタカマサイと黄金森は一続きとは言え区別できる違いがあったのでしょう。タカマサイの方は烽火台があったというので凸部が突き出ていたのかも知れませんし、「タカマサイ原」とも呼ばれていたというので、森ではなく草地になっていたのかも知れません。

さて、現在の黄金森公園は那覇新都心の開発に伴って整備されたもので、15mほどの高低差がある斜面地の上下を遊歩道で繋いだような格好になっており、上段と下段とではずいぶん雰囲気が違います。

上段はNHK沖縄放送局や那覇新都心郵便局などがある業務エリアに隣接しており、またすぐ横には大規模マンションが立ち並んでいて、都心の前庭のような形になっています。
丘陵地の突先を広場にして、西側に広がる那覇の旧市街地への眺望を楽しめるようにしてあり、夜景や夕景などが美しいのではないかと思われます。

広場の中には成人向けの健康遊具の並ぶ一角もあります。非常に開放的な気分の中で体を動かすことができますが、ちょっと真ん中すぎて気恥ずかしいかも知れません。

下段は遊具広場。中規模の複合遊具をメインに、ブランコ、トイレ、自販機などがあります。

上下をつなぐ斜面地の遊歩道は、階段が多く移動には難儀します。

遊歩道の途中に「黄金森」の拝所らしきものがありました。
この拝所の周りもそうなのですが、黄金森の名前を残すわりにはあまり樹木は多くなく、さほど森の雰囲気はありません。管理上の手間とのバランスは考えねばなりませんが、斜面部にはもう少ししっかりした樹木植栽を進めても良いように思いました。

(2012年10月訪問)

201/1000 タカマサイ公園(沖縄県那覇市)

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No.197(とまり緑地)で触れた泊港から東北側を見ると、天久(あめく)の丘陵地が見えます。今は建物が増えてしまってわかりにくくなりましたが、丘陵の南側(港から見える側)は急傾斜の崖地になっており、古い時代には崖地の緑が航海の目標物になっていたと思われます。
その丘に、タカマサイと呼ばれる一角があったそうです。
「タカマサイとは?」という疑問には、公園内にある史跡の解説板がヒントを与えてくれますが、よく気をつけて読まないとわかりません。

イルカ型3(亜種)~揺れる動物

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以前登場したイルカ型3揺れる動物が、中央の半球体を支点として4つ繋がったシーソーになっています。
管理の手が行き届かない公園のため、夏の終わり頃にはただの草っぱらのようになっており、さながら草海原を行くイルカの群れのようでした。
揺れる動物(イルカ型3亜種)