446/1000 求女塚西公園(神戸市灘区)

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現在の東灘区と灘区の境目あたり、昔の海岸線に沿い、200mほどの間隔を置いて3つの古墳が並んでいます(いました?)。
古い時代には浜街道からよく目立ったのでしょう、二人の男から求婚された娘が「争いはやめて!」と自ら命を絶ち、男たちも後を追ったという伝説に因む塚だとして、真ん中が娘の墓「処女塚(おとめづか)」、東西二つが男たちの墓「東求女塚」「西求女塚」と呼ばれてきました。
現在は、それぞれ古墳としての保存状態は異なるものの、3つとも都市公園となっています。

そのうちの一つ、西求女塚。

445/1000 西灘公園(神戸市灘区)

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阪神・大石駅の南側、東西に細長い形をした大石公園は、No.444の浜田公園と同じく、高架化される以前の阪神電鉄が通っていた廃線敷です。ただし西端の野球場などがあるブロックについては、その北端だけが廃線敷です。
西灘公園(神戸市灘区)

西端ブロックには戦災復興の記念碑があるので、線路跡以外の部分は戦災復興区画整理で確保された用地なのかも知れません。
西灘公園(神戸市灘区)

444/1000 浜田公園(神戸市灘区)

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浜田公園は、かつて国道43号線の拡幅と併せて移設・高架化された阪神電鉄本線の廃線敷にある細長い公園です。
浜田公園(神戸市灘区)

公園内は、もう見たまんま廃線敷という感じの細長さです。
浜田公園(神戸市灘区)

443/1000 大和公園(神戸市灘区)

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大和(やまと)公園は、JR六甲道駅にほど近い住宅地の中にります。
野球場とテニスコート4面を持っており、灘区の市民スポーツの一つの拠点となっています。

こちらが野球場。バックスクリーンなどはありませんが、外野スタンド代わりの土盛りが囲んでおり、のんびりと見物することができます。

こちらはテニスコート。野球場に比べると、中は覗きにくくなっています。

442/1000 二葉公園(神戸市長田区)

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神戸市長田区の南部にあった旧・二葉小学校は、統廃合により2006年(平成18年)に閉校となりました。しかし阪神・淡路大震災に耐え、地域に親しまれてきた校舎の保存活用を進めることとなり、それと併せて校庭を公園としたのが二葉公園です。

少し面白いのは、もともとは小学校の隣には旧・二葉公園があったのですが、狭く老朽化しており、校舎の裏手で学校との連携も今ひとつだったことなどから、そちらは廃止して新しい保育所の用地とし、旧校庭を新・二葉公園として整備し直すという事業手法がとられたことです。
二葉公園(神戸市長田区)

441/1000 みなとのもり公園(神戸震災復興記念公園)(神戸市中央区)

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みなとのもり公園は、阪神・淡路大震災からの復興を記念して整備された公園です。
正式な公園名は「神戸震災復興記念公園」で、「みなとのもり公園」が愛称なのだと思います。

以前は、この場所に神戸港駅(貨物駅)があり、港内の突堤や倉庫、工場などに引き込み線が広がっていたのですが、阪神・淡路大震災の後に廃止・再開発され、2010年に現在の公園が開園しました。

貨物駅だった頃から交通量の多い国道、港湾道路、高架道路などに囲まれており、市役所から300~400mほどしか離れていない割には、あまり一般市民の目に触れる場所ではありませんでした。
公園になっても周辺条件が変わったわけではありませんが、市民にとっての存在感はググッと高まったのではないかと思います。
みなとのもり公園(神戸震災復興記念公園)
みなとのもり公園(神戸震災復興記念公園)

440/1000 中央公園(長野県飯田市)

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長野県飯田市は、1947年(昭和22年)に中心市街地の約3分の2を焼失する大火に見舞われました。
その後の復興の中で、それ以前の過密な城下町の町割りは大きく見直され、火事の焼け止まりとなる幅広の防火帯として、並木道を持つ道路と、谷川という川沿いの公園がつくられました。

後者の公園が、現在の中央公園です。
もっとも、「川沿い」と書きましたが、現在は川そのものは暗渠化されており、公園内からその姿を見ることはほとんどできません。

439/1000 大王路公園(長野県飯田市)

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No.438の風越公園から100mほど離れた住宅地の中に、大王路(だいおうじ)公園があります。

小さな広場の周りにブランコ、シーソー、ジャングルジム、滑り台、太鼓橋などの遊具と東屋、トイレなどがあり、公園の規模からすると施設面が充実しています。
大王路公園(長野県飯田市)
大王路公園(長野県飯田市)

438/1000 風越公園(長野県飯田市)

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飯田市街地の北方に、標高1535mの風越山(かざこしやま,ふうえつさん)があります。街のどこからもよく見え、市民に親しまれてる山のようです。この山の麓にも大きな公園(風越山麓公園)があるのですが、それとは別に市街地にも「風越(ふうえつ)公園」があります。

「山からはけっこう離れているのに、どうしてだろう?」と思いつつ訪れてみると、どうやら1976年(昭和51年)まで飯田風越高校があった跡地につくられた公園だからという理由のようです。
風越公園(長野県飯田市)

437/1000 丸山ふれあい広場(丸山2号公園)(長野県飯田市)

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丸山ふれあい広場は、中央道の上飯田バス停のすぐ近くの住宅地にある小公園です。
現地の園名板には「ふれあい広場」と書かれていますが、市の資料などでは「2号公園」となっていますので、前者が愛称、後者が正式名称なのだと思います。
丸山ふれあい広場(長野県飯田市)

出入口の石畳には、リサイクルのマークと並んで、りんごと人形劇の街を表す可愛いマークがはめ込まれています。
丸山ふれあい広場(長野県飯田市)

三方を道路に面した公園内には東屋、トイレ、ベンチなどのほか、遊具は滑り台と吊り輪があります。
飯田市内の公園では、このような小型吊り輪が設置されている率が高いように思います。

436/1000 扇町公園と飯田市立動物園(長野県飯田市)

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長野県飯田市は、天竜川水系の流れに削られた台地の上に城下町(旧市街地)があり、川沿いの低い平地には農地や農村集落、そして近年に拓かれた新市街地があるという構造になっています。
ですので、道路地図だけを見て出かけていくと、地図上では街が続いているのにいきなり崖を転がり落ちていくような坂道に差しかかったりして驚かされます。

この扇町公園も、地図上では飯田市役所の目の前にあるので「うんうん、市役所横にある公園ね。広場があって、庁舎を見上げられて。よくあるパターンだね。」と油断して訪れたところ、そこは市役所から20~30m落ち込んだ川沿いの谷底にある公園でした。

こちらが公園の中心部から市役所方向を見上げたところ。
崖の上に道路が1本通っており、その向こうに市役所庁舎があるのですが、そこまでは見えません。
扇町公園と飯田市立動物園(長野県飯田市)

435/1000 東栄公園(長野県飯田市)

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東栄公園は、飯田市の旧市街の外れの方、住宅地の奥の崖下(と崖上)にひっそりと隠れている公園です。

住宅と住宅とに挟まれた路地を入っていった先、崖の北側で全体的に湿り気味の立地に、公園の崖下部分があります。
見えるのは崖上から降りてくる滑り台の出口、草と樹に埋もれつつあるブランコ、その間には崖を登っていくための階段があります。
東栄公園(長野県飯田市)

434/1000 江戸町公園(長野県飯田市)

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江戸町公園は、飯田市の旧市街で大きな寺院が建ち並ぶ一角、専照寺というお寺の裏手にある小公園です。
江戸町公園(長野県飯田市)

この公園が特徴的なのは、なによりも接道条件の悪さ。三方をお寺と住宅とに囲まれており、公園が唯一面している道路は、幅1.5m程度で車はおろかバイクも入れないよう路地1本だけです。
こうした接道条件の公園でよくあるのは、道路改修の計画がある(そのうち道路の方が広がる)、ないしは公園の拡張予定がある(公園が広がって大きな道路に接するようになる)のいずれかなのですが、この公園はどちらでも無いようです。
また飯田市街地では、1947年(昭和22年)に発生した飯田大火からの復興計画において、住宅の裏手を縫うように幅2mほどの裏界線(りかいせん)が整備されたのですが、長野県庁の資料「飯田市中心市街地にある裏界線について」には、この細道は示されていません。もっとも、この資料には「表示外のものもある」と書かれているので、たぶんここも裏界線なのでしょう。
江戸町公園(長野県飯田市)

433/1000 今宮公園(長野県飯田市)

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今宮公園はJR飯田駅から少し北東の住宅地の中にある小公園です。

まず気づくのは、出入口のちょっと面白い表示。
片側の門柱には、小さな表札に「飯田市」と書かれています。うっかりすると飯田市さんのお宅と思ってしまいそうな雰囲気です。
今宮公園(長野県飯田市)

432/1000 磯上公園(神戸市中央区)

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磯上(いそがみ)公園は、神戸市の中心ターミナルである三宮駅から徒歩5分の場所にありながら、メインストリートには面しておらず、イマイチ目立たない公園です。
目立たない訳はもう一つ、ほぼサッカー場に特化した施設内容で、サッカー場1面とクラブハウスのほかは防災関連の倉庫や貯水槽くらいで、遊歩道すらないため、一般の市民が立ち寄る理由がないからだと思います。
磯上公園(神戸市中央区)
磯上公園(神戸市中央区)
磯上公園(神戸市中央区)

431/1000 東遊園地(神戸市中央区)その2

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東遊園地の第2回(第1回はこちら)。
今回はまず、公園と神戸の歴史を物語る記念物の数々を紹介します。
東遊園地(神戸市中央区)

公園南側のブロックにあるのは、ここにかつてあった外国人社交クラブとスポーツクラブの建物を模した施設。あくまでも模しただけで、中身は公園管理事務所とレストランになっています。
なお、どちらのクラブも、今は場所を移して現存しています。

431/1000 東遊園地(神戸市中央区)その1

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東遊園地は三宮駅から500mほど、神戸市役所のすぐ南にあり、神戸市を代表する都市公園です。
1868年(明治元年)に外国人居留地内に開設された公園で、わが国初の西洋式運動公園であったとされます。実際、この公園を舞台として野球、サッカー、ボウリングなどのスポーツがおこなわれたと言います。

もともとは公園北側の現在は市役所が建っているところまでが公園区域で、逆に南側の現在は公園事務所やレストランがあるあたりは外国倶楽部などの建物が建っていたようですが、1955年(昭和30年)に外国倶楽部がトアロードに移転、1957年(昭和32年)に公園の北半分を使って神戸市庁舎が建てられたため、だいたい今の範囲が公園となったようです。年代ごとの敷地の細かい出入りはよくわかりませんが。

そうした歴史と立地にあるため、神戸ルミナリエ神戸まつりなど、神戸を代表する行催事の会場となっているほか、ミニコンサートやデモなどにもよく使われます。
ちょうど訪れた時には、ドイツからのビールフェアが開催中でした。まだ少し時間が早かったので写真では空いていますが、なかなか好評だったと聞きます。
そしてほかの都市でも見られたことですが、その都市を代表する公園として様々な人の様々な思いが形になって詰め込まれています。

430/1000 寺門公園(神戸市東灘区)

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寺門公園は、東灘区北青木の住宅地の中にある小公園です。現在の町名では北青木2丁目ですが、Wikipediaによれば1971年以前は寺門町という字があったようです。
ちなみに、公園のすぐ近くには阪神電車の「大茶園踏切」というのもあります。こちらも旧字(茶園町)に因むものだと思われます。現在の市街地の中には、寺も茶園も見あたりませんが、きっと昔は色々あったのでしょう。
寺門公園(神戸市東灘区)

429/1000 甲子園九番町北公園(兵庫県西宮市)

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甲子園九番町北公園は、かつて阪神電鉄が経営していた遊園地・動物園である甲子園阪神パークの跡地、現在は大型商業施設・ららぽーと甲子園(の駐車場の)すぐ隣にある公園です。
甲子園九番町北公園(兵庫県西宮市)

甲子園阪神パークがあった頃は、この公園の敷地を含めた一帯が自動車学校やゴルフ練習場になっていたようですが、現在は10数階建て450戸という大規模マンションが建っています。公園もまだ新しいので、このマンション開発にあわせて整備されたものと思われます。

428/1000 高須東公園(兵庫県西宮市)

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高須東公園は、約2万人が暮らす巨大な武庫川団地の一角にある公園です。
武庫川団地では、以前にNo.113で団地の中心部にある幾つかの公園を訪ねましたが、高須東公園は、それらとは離れた団地の端の方にある公園です。

構造・配置としては、団地の中を縫って武庫川沿いと繋がる遊歩道の一部をなしており、その道沿いにちらほらと健康遊具やベンチが置かれています。
高須東公園(兵庫県西宮市)

427/1000 月見里公園(兵庫県西宮市)

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月見里公園は、甲子園球場の外野側の出入口から100mほど離れたところにある小公園です。
難読地名では「月見里」と書いて「やまなし(山がないので月がよく見える)」と読むと聞きますが、本当にそう読む地名がどこにあるのかは知りません。ここの公園名は「つきみさと公園」です。

この公園のある辺りは、以前は「月見の里」と呼ばれていたそうです(『角川日本地名大辞典』等にも出てこないので、オフィシャルな町名ではなかったようなのですが)。これが古くからの地名や小字に因むものなのかは資料不足で分かりませんが、本ブログでよく参照している日文研の所蔵地図データベースで1933年(昭和8年)の『西宮市最新地図 合併記念』を見ると、甲子園球場のすぐ南にその名が見えます。

ただ、この辺りは昭和初期に武庫川の改修でできた廃川敷を開発したエリアなので、その際の住宅地に付けられた佳名ではないかと思います。
月見里公園(兵庫県西宮市)

さて、現在の月見里公園。
住宅越しに甲子園球場のナイター照明灯がよく見えます。
月見里公園(兵庫県西宮市)

西宮市の進める「花の名所公園」計画では、サルスベリの公園となっています。
が、訪れたのが3月だったので花は花壇にボチボチと言ったところ。
月見里公園(兵庫県西宮市)
月見里公園(兵庫県西宮市)

公園内は、南側に大きく多目的広場を取り、そことは桜並木とフェンスとで区切った北側に遊具広場、蒸気機関車、地区公民館などを配しています。
月見里公園(兵庫県西宮市)

蒸気機関車C11-311号機は、全体をフェンスに覆われた檻の中に入っています。
公園内には線路や鉄橋があって、機関車を主体に置いたデザインがされています。
月見里公園(兵庫県西宮市)

とは言え、テント屋根があるので大事にされている方だとは思いますが、おそらく公園にやってきた1976年(昭和51年)から40年近く、ほとんど手入れをされていないのではないでしょうか。錆びや塗装の剥がれがひどくなっています。
月見里公園(兵庫県西宮市)
月見里公園(兵庫県西宮市)

ほかに、鉄橋の下を流れる川、 二股滑り台など、デザイン面で色々と工夫のある施設が置かれています。
月見里公園(兵庫県西宮市)
月見里公園(兵庫県西宮市)

また、いつ頃のものかは分かりませんが、地区公民館の建物もオシャレな外観です。
大きく目立つ公園ではありませんが、ちょっとずつ気の利いたものが揃っている月見里公園でした。
月見里公園(兵庫県西宮市)

(2013年3月訪問)

426/1000 楠児童遊園(兵庫県芦屋市)

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芦屋市の楠児童遊園は、国道2号線沿いにある「大楠公戦跡碑」の敷地の裏手にある小公園です。国道から石碑はよく目立つのですが、その陰にある公園はまず気づきません。
楠児童遊園(兵庫県芦屋市)

425/1000 南宮浜公園(兵庫県芦屋市)

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兵庫県の芦屋市では1960年代以前の海岸線、その先にある1960〜70年代に埋め立てられた「芦屋浜」地区、さらに90年代に埋め立てられた「南芦屋浜」地区が層を成しており、○○浜という地名(町名、地区名)があちこちに散らばっています。
この南宮浜公園は、1960年代以前の海岸線に沿った位置にあります。

数年前までは防球フェンスに囲まれた球技広場があったのですが、遠方から早朝・深夜にやってきて金属バットなどを使う人が多く、近隣住民から騒音への苦情が多かったそうで、老朽化に伴ってフェンスは撤去、球技広場も廃止となりました。

ということで、現在の南宮浜公園はこんな感じ。
改修にあわせて、出入口のバリアフリー化もおこなわれました。
南宮浜公園(兵庫県芦屋市)
南宮浜公園(兵庫県芦屋市)

424/1000 栄町公園(兵庫県宝塚市)

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阪急、JRの宝塚駅がある一帯が栄町です。
宝塚では、もともとNo.419の湯本台広場No.420の湯本公園がある武庫川右岸に「宝塚温泉」があったのですが、明治の終わり頃に左岸に「宝塚新温泉」という施設が開業します。これは後の宝塚歌劇や宝塚ファミリーランド(遊園地)の前身となるものです。
 『角川日本地名大辞典 28 兵庫県』(角川書店)によれば「(栄町は)歌劇や動物園を中心とした新温泉の商店街に名づけられたものか」と書かれており、歌劇とともに歩んできた繁華な地区であるようです。
そんな栄町の一角、阪急宝塚駅のすぐ横、ただし駅から宝塚大劇場に向かう方向とは反対側にあるのが栄町公園です。

423/1000 武庫山2丁目公園(兵庫県宝塚市)

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武庫山2丁目公園は、マンション開発に伴う提供公園と思われる小規模公園の多発地帯にある公園です。建物は南向きで少しでも平坦な部分に、公園は北向きの斜面に、と極めて住宅開発らしい配置になっています。

公園と住宅との敷地境界が今ひとつ明確ではなく、また2つ並んでいる大規模マンションそれぞれと公園との関係もよく分からないのですが、斜面地を細かく段切りして、小さな広場が4段くらい連なった構造になっています。

まずこれが下から1段目。揺れる動物だけが置かれた小広場です。
武庫山2丁目公園(兵庫県宝塚市)

422/1000 梅野第2公園(兵庫県宝塚市)

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梅野第2公園は、マンション開発に伴う提供公園と思われる小規模公園の多発地帯にあります。
変形の用地を巧みに使っており、斜面地開発にともなう小規模公園ならではの造形の面白さ(苦しさ?)があります。

敷地上部にある道路から公園内を見たところ。間口は狭いのですが、入ったところに防火水槽が埋められていることがわかります。
梅野第2公園(兵庫県宝塚市)

421/1000 梅野公園(兵庫県宝塚市)

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武庫川に面した斜面地をひな壇上に切り開いた街の、とある一壇にある小公園です。
このひな壇には大型マンションが連なっているのですが、マンションごとに小規模な公園がくっついている感があります。
梅野公園(兵庫県宝塚市)

これらは、おそらく「開発提供公園」「帰属公園」と呼ばれるものと思われます。
大規模な住宅開発は周辺に及ぼす影響が大きく、人口増によって公園が不足するため「一緒に公園をつくって市に譲り渡さないと、住宅開発を許可しないよ!」とする制度に基づくものなのですが、年月の経過とともに同じような内容の小さな公園の数ばかりが増えてしまい、管理手間が大きくなるといった欠点も現れています。
全国でそうした悩みが聞かれますが、宝塚市の場合はどうでしょうか。

420/1000 湯本公園(兵庫県宝塚市)

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宝塚市湯本町には、No.419の湯本台公園とは別に、湯本公園もあります。
とは言え、ここもとくに温泉に関わるようなものは皆無です。
湯本公園(兵庫県宝塚市)

マンション開発に伴う整備と思われる細長いプレイロット(遊具広場)で、狭い敷地にコンクリート製の滑り台、ブランコ、鉄棒など懐かしめの遊具が並んでいます。
湯本公園(兵庫県宝塚市)
湯本公園(兵庫県宝塚市)

419/1000 湯本台広場(兵庫県宝塚市)

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兵庫県宝塚市には古くから街道沿いの温泉場があったと伝えられますが、明治になって「宝塚温泉」が開業し、いまのJRや阪急が通じたことで一気に郊外レクリエーション地として賑わいを見せるようになります。
それから100年以上が経ち、辺りが住宅地として拓けていく中で、温泉街は埋もれて目立たなくなってしまいます。ちょっと街から近すぎたのかも知れません。

そんな宝塚温泉街の真ん中にあるのが、湯本台広場です。
湯本台広場(兵庫県宝塚市)

418/1000 岡の原公園(兵庫県南あわじ市)

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淡路島南端の港町・福良は、かつては徳島・鳴門と結ぶフェリーの発着港でしたが、1985年(昭和60年)に大鳴門橋が開通してからは定期客船航路は無くなり、今は「鳴門の渦潮」を見る遊覧船、貨物船、漁船などの港となっています。
岡の原公園は、この福良港を見下ろす丘の上にあります。

福良の街から、津波の時には避難路にもなるという細道を上ること15分ほどで岡の原公園に着きます。
周囲にサクラやツツジなどが植栽された広場がありますが、舗装・排水のせいか、あるいは車両の進入が多いのか地盤は少々荒れ気味です。
岡の原公園(兵庫県南あわじ市)

417/1000 あわじ花さじき(兵庫県淡路市)

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あわじ花さじき」は、公園と呼ぶには少し変わった施設です。
丘の上を通る県道沿いに駐車場と展望台があり、そこから見下ろされる丘の斜面がズーッと花畑になっています。基本構造はこれだけ。資料によれば総面積は15ha弱ということなので、花畑だけで10haくらいはあるでしょうか。
あわじ花さじき(兵庫県淡路市)