417/1000 あわじ花さじき(兵庫県淡路市)

2013/08/01

偉人像 花の公園 淡路市 兵庫県

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あわじ花さじき」は、公園と呼ぶには少し変わった施設です。
丘の上を通る県道沿いに駐車場と展望台があり、そこから見下ろされる丘の斜面がズーッと花畑になっています。基本構造はこれだけ。資料によれば総面積は15ha弱ということなので、花畑だけで10haくらいはあるでしょうか。

あわじ花さじき(兵庫県淡路市)

イメージとしては北海道のラベンダー畑に近い「丘の花畑」なのですが、ラベンダー畑は収穫して売るためのラベンダーをついでに見せてくれる農業施設ですが、ここは周辺農家から買ってきた苗を植えて花壇をつくっています。

あわじ花さじき(兵庫県淡路市)

フラワーパークのように有料の囲い込み施設というわけではなく、駐車場・見学とも無料です。
また農業公園のように色々と生産・販売しているわけではありませんが、直売所や売店があるので、観光バスの立ち寄り場所として有名です。

あわじ花さじき(兵庫県淡路市)

もう少し晴れている日に行けば、森越しに海まで見渡せて、なお美しかったことでしょう。

あわじ花さじき(兵庫県淡路市)

ちなみに観光客で賑わう駐車場から少し離れたところに、淡路島出身で2000年まで20期54年という長期に渡って衆院議員を務めた原健三郎(1907~2004)の銅像があります。
銅像のある敷地には国営土地改良事業の記念碑もあるので、この事業に際して氏の功績が大きかったということを伝えたいのだと思われます。

銅像は2001年建立。まだご存命のうちに建てられたのですね。
碑文は元首相・中曽根康弘によるものです。

碑文より

淡路島の生んだ偉大な政治家「原 健三郎」先生は、昭和21年(1946年)衆議院初出馬の公約に「明石・鳴門両海峡架橋」の構想を打ち出された。
焼土と瓦礫の山だった敗戦直後の国土計画としては、とてつもない空想的な政策で、耳を傾ける人はいなかった。
愛称の「ハラケン」が「ホラケン」と呼び変えられ、夢物語として一蹴される冷たい世評に耐えること半世紀、遂に鳴門海峡架橋(鳴門大橋)が昭和63年(1988)に完成。それに次いで平成10年4月8日(1998年)世界最長最大の明石海峡架橋(パールブリッジ)が完成した。
わが国の科学技術の成果たる両架橋は、世界に誇るわが日本の科学立国に賭ける一大シンボルである。
政治家に必要な先見性と、実行力のお手本ともなる壮大無比なこの業績のドラマとロマンが幾久しく語り継がれる拠点とならばと、原健ファンが立ち上がってこの銅像を建立した。
平成13年(2001年)5月20日  元内閣総理大臣 中曽根康弘

銅像のすぐ横には、別の石碑もあります。こちらは1996年(平成8年)なので、議員在職50周年の記念碑のようです。先ほどのものよりも少し古く、どこか別の場所にあったものを銅像建立にあわせて移してきたのかも知れません。
まだ連続当選が19回の頃のなのでちょっとだけ収まりが悪いですが、文章としては、こちらの方が石碑っぽくて好きです。私に才能があればメロディーを付けて歌いたくなるような名文です(笑)

 ♪ しゅうぎいんぎいん とうせ~ん れんぞくじゅうきゅうか~い 
  ♪ ぎいんざいしょく ごじゅうねんの だいきんじと~お~

碑文より

国政に身を献じてひたすらに 敬天愛民の惟い熱くたぎらす 原健三郎先生
戦後激動の荒波を乗り越え 日本の確かなる道標を刻みつつ 
衆議院議長として 三権立法府の頂に立つこと三年
その才幹は常に政道を照らし ゆるぎなき信念に衆望集めて
ふるさと兵庫への福音は数知れず いま燦然
衆議院議員当選連続19回 議員在職50年の大金字塔

朗報運ぶおのころ島の松風に 歓び分かつ県民の拍手鳴りやまず
生涯議員のその心意気やよしと 郷関に夢ひらく
明石海峡大橋の渡り初めへ 限りなき憲政大道の彼方へと
ひたむきに健脚闊歩をつづける 原先生の英姿に心からの祝意を表さん
平成8年盛春 兵庫県知事 貝原俊民(ほか省略)

(2013年4月訪問)

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