日本1000公園

日本の都市公園は約10万ヵ所。その1/100なら行けるだろうと思って始めた覚え書きですが、1000ヵ所を超えても続いています。揺れる動物も集めています。

2013年10月31日

ウシ型3~揺れる動物

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これも難解な揺れる動物です。
ただ、ウマ型24の隣にあったので、ウマとウシで対なのではないかと思いました。ボディ本体から突き出ているのが角で、外付けされている黄色い部分は耳なのかなぁと。

関係ないけれど、念のためウシの角と耳の位置を確認しようと検索をかけたら、本田宗一郎の言葉だという「ウシの耳はどこにあるのか?」というエピソードがたくさん引っかかってきました。知りたい人は検索してみてください。
揺れる動物(ウシ型3)

2013年10月30日

ウマ型26~揺れる動物

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丸太をベースにしたデザインがウマ型22に似ているように思いますが、こちらは目が付いている、頭頂部のカットがまっすぐ、姿勢が少し前のめり、ボルトが剥き出しなど、細かいところは結構ちがいます。

2013年10月29日

ウマ型25~揺れる動物

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当ブログでは、シマウマはウマの中に含めています。

と言うことで、こちらはウマ型14の色違いのシマウマ型揺れる動物。
単純に体にゼブラ柄を入れただけではなく、目元や鼻周りなども細かく変えてあります。

2013年10月28日

ウマ型24~揺れる動物

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なかなか判別難易度の高い揺れる動物ですが、軽やかに走る脚の感じ、ピンと伸びた耳、背筋のシュッとしたところなどから、ウマとしました。

2013年10月27日

ウマ型23~揺れる動物

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人気のウマ型揺れる動物で、また新しい揺れ方のものを見つけました。
鉄パイプ製のボディに木製の頭というのも意外ですが、前後に付いたスイングアームで優しく揺れる構造も意外です。

2013年10月26日

サカナ型2~揺れる動物

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1例目は「本当にサカナで良いのか?」という疑問が残ったままのサカナ型。ついに2例目です。
これはどうみてもサカナでしょう!
揺れる動物(サカナ型2)

2013年10月25日

イルカ型9~揺れる動物

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イルカ型揺れる動物としては初収集のボックス型(中に座って乗るタイプ)です。
持ち手が手綱みたいで、イルカにはやや不似合いなように思います。
揺れる動物(イルカ型9)

2013年10月24日

500/1000 御勝山南公園(大阪市生野区)

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No.499の御勝山公園から、勝山通りを歩道橋で渡ると御勝山南公園があります。
ここは5世紀前半につくられた御勝山古墳の前方部にあたりますが、古墳の名残はありません(御勝山古墳についてはNo.499をご覧ください)。

No.499で見たように両公園とも1926年に(大正15年)に堺市に移転した大阪府立農学校の跡地に含まれるのですが、その後に御勝山南公園の箇所には、1933年(昭和8年)~1968年(昭和35年)まで大阪管区気象台があったそうです。
下の写真が公園内にある気象台の記念碑。生野区のHPによれば、関西気象OB会、関西気象旧友会(気象台職員のOB会でしょうか)の手により、2009年(平成21年)に建立されたものだそうです。

2013年10月23日

499/1000 御勝山公園(大阪市生野区)

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御勝山(おかちやま)公園は、御勝山古墳という5世紀前半の前方後円墳の後円部を公園としたものです(ダジャレにあらず)。決して前方部のことを忘れているわけではなく、古い時期にほぼ破壊され、後円部だけが丘状に残っていたそうです。
御勝山公園(大阪市生野区)

前方部がいつごろ破壊されたのかはよく分かりませんが、現地の解説板によれば「大坂の陣で徳川方の本陣が置かれたため著しく墳形が破壊され」と書かれています。ちなみに大坂の陣以前は「岡山」と呼ばれていたものが、徳川方の戦勝祝いで「御勝山」に改められたという逸話もあります。

2013年10月22日

498/1000 東小橋公園(大阪市東成区)

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東小橋公園は、大阪の東成税務署の裏手にある公園です。
JR玉造駅から歩いて2~3分、付近ではいちばん大きく、人が集まってきそうな雰囲気に溢れています。
東小橋公園(大阪市東成区)

公園に入ると、いきなり土俵があります。
大阪はそれほどアマチュア相撲が盛んな土地柄でもなく、「公園に土俵」は珍しいように思うのですが、これは毎年3月の春場所の際に近くに宿舎を持つ伊勢ヶ濱部屋が市に寄付したもので、ここで力士の稽古がおこなわれるそうです。伊勢ヶ濱部屋ってことは、横綱・日馬富士もここで稽古するわけですね。
東小橋公園(大阪市東成区)

2013年10月21日

497/1000 玉津公園(大阪市東成区)

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玉津公園は、JR環状線の玉造駅から東へ5分ほど歩いた東成区玉津にあります。
玉造という地名は、古代に勾玉を作製する玉造部が置かれたことに由来するとされ、この公園のあたりは平野川に面した川港があったため「玉造の港=玉津」と呼ばれるようになったと聞きます。
もっとも現在の公園は平野川から少し離れており、歴史的なアレコレを想起させるものは特にありません。
玉津公園(大阪市東成区)

2013年10月20日

496/1000 上官公園(福岡県大牟田市)

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上官公園は、No.485の笹林公園からNo.486の宮浦石炭記念公園へと向かう途中で、坂の下に見つけた小公園です。
折れながら登る坂の崖下にあり、2方向を崖に囲まれて妙に収まりの良い空間となっています。
こういう地形のところは湿気が溜まりやすかったり崖崩れの恐れがあったりで住宅としてはあまり好まれず、昔であればゴミ捨て場、江戸の街中では射撃場(坂の土手があるのも都合がよい)、近代になると公園という土地利用のされ方がよくあるところです。
上官公園(福岡県大牟田市)

2013年10月19日

495/1000 ザビエル公園(堺市堺区)

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日本史の教科書でお馴染み、フランシスコ・ザビエル宣教師に因む公園です。
ザビエルと言えば鹿児島(上陸地)、大分(銘菓ざびえる)、山口(サビエル記念聖堂)あたりでの活動が有名で、あまり堺には縁がなさそうなのですが、なぜザビエル公園なのでしょうか。

じつはザビエルは、全国での宣教の許可を得るために天皇ならびに足利将軍への拝謁を試みており(失敗に終わったのですが)、山口から京都へと海路で向かう途中、堺に上陸し、この公園の場所にあったキリシタン豪商・日比屋了珪(ひびや・りょうけい)の屋敷に滞在したそうです。
ネット資料によれば、ザビエルが堺に入ったのが1551年1月上旬、その間に11日間だけ京都へ行き(天皇、足利将軍への拝謁を願うも失敗)、戻って2月上旬には堺を離れたことになっています。ということは、堺に滞在したのは長くても1ヵ月くらいでしょうか。

それから400年後の1949年(昭和24年)、堺への来航400年を記念してザビエル公園が開かれました。1551+400では1949年になりませんが、新暦・旧暦とか、400年目だったりとか色々あるのでしょう。

ということで長い前置きを経て現在のザビエル公園なのですが、現在の公園はそれほどザビエル色の強いものではありません。
むしろカラフルすぎるコンクリート遊具や、ちょっとワイルドでおそらくもう使っていないジャブジャブ池(徒渉池)の方が目につくくらいです。
ザビエル公園(堺市堺区)
ザビエル公園(堺市堺区)
ザビエル公園(堺市堺区)

2013年10月18日

494/1000 大浜公園(堺市堺区)

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大浜公園は、1879年(明治12年)に開園したもので、堺市営でもっとも古い公園です(堺市内にある府営浜寺公園は、6年早い1873年(明治6年)の開園)。
以前は海に直面しており、江戸時代末には沿岸防衛のための砲台が築かれ、公園となった後には1903年(明治36年)第5回内国勧業博覧会の会場となって水族館などが開かれたり、海水温泉(潮湯)が設置されて海辺のレジャー施設として賑わったりしたそうです。

その辺りは色々と詳しいサイトもあるので、ここでは現在の大浜公園の話を。
堺市立図書館デジタル郷土資料 大浜公会堂と潮湯

2013年10月17日

493/1000 亀田トレイン公園(東京都足立区)

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「亀田トレイン」といえば、ボクシングの亀田3兄弟の試合入場時に、一列に連なって前の人の両肩に手を載せて歩いてくるアレです。元ネタはグレイシートレインということで良いでしょうか。
亀田トレイン
2007年10月11日の亀田トレイン。SANSPO.COMより引用して表示

2013年10月16日

492/1000 大塚台公園(東京都豊島区)

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山手線の大塚駅から、都電荒川線に沿って3分ほど坂道を登っていったところにある公園です。
付近は駅前でもありながら古くからの住宅地でもあり、公園も色々な要望に答えているうちにものが多くなりすぎてしまったような雰囲気が漂います。
大塚台公園(東京都豊島区)

公園内に入ると、サクラやケヤキ、イチョウなど、思いがけず高木の多い鬱蒼とした林になっています。最近の公園は高木が少な目のところが多いのですが、やはり暑い夏には木陰が欲しくなります。
大塚台公園(東京都豊島区)

2013年10月15日

491/1000 大牟田川公園、港町公園、浜町公園(福岡県大牟田市)

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大牟田市の中心街を流れる大牟田川沿いの左岸に大牟田川公園、港町公園が並んで、橋を渡って右岸に浜町公園が設置されています。
どれも公園としては目立った特徴はなく、大牟田川公園は川沿いの遊歩道、港町公園と浜町公園は遊具広場だけの小公園です。
大牟田川公園(福岡県大牟田市)
大牟田川公園
港町公園(福岡県大牟田市)
港町公園
浜町公園(福岡県大牟田市)
浜町公園

2013年10月14日

490/1000 明治町第一公園(福岡県大牟田市)

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明治町第一公園は、大牟田市の明治町にあります。
ちなみに大牟田市には、ほかにも大正町、昭和町もありますが江戸町や平成町はありません。炭鉱町なので都市内で新たに町が開かれるような動きがあったのが明治~昭和の間だったということだと理解します。
明治町第一公園(福岡県大牟田市)

市街地にしては広めの敷地に、土舗装(雑草混じり)の広場と草敷きの遊具広場、周回園路、そして蘇鉄などの植えられた庭園風の一角があります。
明治町第一公園(福岡県大牟田市)明治町第一公園(福岡県大牟田市)
明治町第一公園(福岡県大牟田市)


2013年10月13日

489/1000 中友公園(福岡県大牟田市)

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中友公園は、JR・西鉄の大牟田駅から歩いて10分くらいで、集合住宅の多い地区にあります。
中友公園(福岡県大牟田市)

草敷で多目的に使える大きな広場と、これまたクローバーに埋もれた遊具広場があります。
といっても、草ボウボウで放ったらかしというわけではなく、ほどよい加減にクローバーが繁っていて非常に気持ちの良い状態になっていました(草っぱらを、これくらいの水準で維持管理するのはけっこう難しいのです)。
また多目的広場で野球をする人が多いと、外野がこの状態だと嫌われるのですが、ここでは認められているようです。

遊具広場には、ブランコだけで3基。
訪れた時にもけっこう子供が遊んでいましたが、最盛期にはもっともっと遊ぶ子が多かったのかも知れません。

でも今は、少々荒れた子も来るのかも。
よほどの力で悪さをしないと、鉄パイプの支柱をこれだけ曲げることはできません。

アイラブ大牟田。なら落書きするな。
中友公園(福岡県大牟田市)

(2013年5月訪問)

2013年10月12日

488/1000 松原公園(福岡県大牟田市)

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松原公園はJR・西鉄の大牟田駅から歩いて5分くらいの位置にあります。
幹線道路にも近いのですが特に繁華なところでもなく、昔ながらの戸建て住宅地で、公園の隣には小・中学校が並んで立っています。
松原公園(福岡県大牟田市)

2013年10月11日

487/1000 宮浦公園(福岡県大牟田市)

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宮浦公園は、No.486の宮浦石炭記念公園と三井化学の工場敷地に隣接する小高い丘を使った公園です。現在も三井化学の福祉施設と隣り合わせで、企業城下町として栄えた頃は丘一帯が民有・市有あわせて労働者の福利厚生に使われていたものと思われます。
宮浦公園(福岡県大牟田市)

丘の低いところは広場になっています。
多目的広場と遊具広場の区分けがあまりはっきりしておらず、広い草敷の広場の真ん中に、急に山遊具が置かれているような仕立てです。
宮浦公園(福岡県大牟田市)

2013年10月10日

486/1000 宮浦石炭記念公園(福岡県大牟田市)

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宮浦石炭記念公園は、1887年(明治20年)から1968年(昭和43年)までの間、三池炭坑の主力坑口として使われていた宮原坑の施設を保存・展示するために整備された公園で、日本の歴史公園100選にも選ばれています。
宮浦石炭記念公園(福岡県大牟田市)

●現地の案内板より「宮浦石炭記念公園」
宮浦鉱は、明治20年(1887)2月に開坑し、昭和43年(1968)までの81年間、三池炭坑の主力坑口として約400万トンの石炭を産出しました。
ここにある煙突および大斜坑は、石炭採掘と大牟田発展の歴史を物語る重要なメモリアル的建造物であり、日本の近代史、産業史を知るうえで極めて貴重な施設です。
大斜坑のプラットホームや建造物内には、実際に使用された人車や石炭採掘機械などを展示しています。

2013年10月9日

485/1000 笹林公園(福岡県大牟田市)

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大牟田市役所の庁舎は、戦前の鉄筋コンクリート製。中央に塔屋の乗った官庁建築で、非常に存在感のあるものです。しかしその隣には、庁舎に負けず劣らずの存在感を持つ笹林公園があります。
本ブログで言うところの「中央公園(役所の近くにある古めの公園で、記念碑の類が集まっているもの)」の雰囲気がプンプンする公園です。
笹林公園(福岡県大牟田市)

市役所から公園に足を踏み入れると、グラウンド越しの正面に巨大な石碑が林立しているのが見えます(写真だと分かりにくくなるのですが)。
笹林公園(福岡県大牟田市)

まず大牟田といえば炭鉱ですので、「三池炭山創業碑」から。

2013年10月8日

484/1000 花畑公園(熊本市中央区)

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花畑公園は、熊本市の中心部、熊本城から交通センター(バスターミナル)へと向かう途中にあります。
小さいながらも鬱蒼とした森のようになっており、周囲の市街地からは少し浮いた雰囲気すらあります。ここは、もともとは花畑屋敷と呼ばれた熊本藩主の邸宅の一部で、さらに遡れば代継神社の境内であったそうです。
花畑公園(熊本市中央区)

2013年10月7日

483/1000 湊町公園(神戸市兵庫区)

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湊町公園は、神戸高速鉄道の新開地駅付近からJR山陽本線の高架まで、約400メートルの区間を幹線道路に沿って整備された公園です。
この区間は戦災復興の際の緑地計画に位置づけられた帯状緑地の一部をなすもので、分離帯や並木を持つ道路が幅35メートル、公園幅が約25メートル、合計約60メートルの緑地帯が形成されています。その当時は、空襲で経験した市街地火災の延焼を防ぐために、このような幅広の道路、帯状の緑地帯が重要視されました。
湊町公園(神戸市兵庫区)

そういう経緯で整備された公園なので、ひたすらに細長く続いています。
湊町公園(神戸市兵庫区)

南のブロックは、舗装された遊歩道を軸に、両側に植栽帯、ところどころに広場やベンチ、遊具、健康遊具というのが基本形です。
湊町公園(神戸市兵庫区)
湊町公園(神戸市兵庫区)

新開地駅に近い北のブロックでは、舗装された遊歩道はなく、土のグラウンドのようなところを通らねばなりません。
フェンスに囲まれたボール遊びのできる広場もあります。繁華な立地なので「こんな遊び場、必要かなぁ?」という疑問も生じますが、これがないと幅35メートルの道路にボールが飛び出していきますので不可欠だとも言えます。
湊町公園(神戸市兵庫区)

新開地駅に近いところでは、野外アートなども置かれてシンボリックな空間となっています。
とは言え、駅に近いということは違法な駐輪やゴミ捨てなどのリスクが高まるということでもあり、シンボル空間も苦労は多そうでした。
湊町公園(神戸市兵庫区)
湊町公園(神戸市兵庫区)

(2013年5月訪問)

2013年10月6日

482/1000 小河公園(神戸市兵庫区)

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No.481の須佐野公園から北に50mほどの場所に、小河公園があります。
須佐野公園の回で登場した「和田の笠松」の石碑は、もともとは小河公園にあったということですが、少し奥まったところにあって目立たないために須佐野公園へと移されていきました。
小河公園(神戸市兵庫区)

それに限らず、どうやら全般的に須佐野公園と住み分け・使い分けを宿命づけられているようで、40m四方ほどの公園の中には、立派に繁った藤棚と花壇のほかには施設らしい施設がありません。
小河公園(神戸市兵庫区)
小河公園(神戸市兵庫区)

近くに同じような規模の公園がある場合は、どこも同じような遊具を入れて紋切り型の公園にすると結局どこも利用が伸びず、管理費ばかりがかかるので、このようにスパッと性格を変えてみるのも必要なことです。

とは言え、実感としてはちょっと寂しいかも...

(2013年5月訪問)