890/1000 新京極公園(京都市中京区)

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新京極といえば、京都に来た修学旅行生が必ず訪れると言われる繁華街です。
そんな繁華街にも公園があり、その名も新京極公園と言います。

「京の台所」としても知られる錦市場の東端、錦天満宮の裏手にあたります。
繁華街の隙間にスポッと開いた空間は、周囲の喧噪から少しだけ遠ざかることができる貴重な場所です。

888/1000 佐賀市本庄町袋の遊び場(佐賀県佐賀市)

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佐賀城跡を南北に貫く本丸通りを南に下がっている時に、ちょっと見かけたので立ち寄ってみた遊び場です。現地では園名板が見あたらず、佐賀市の資料でも都市公園、児童遊園のリストに挙がっていないため、正式名称は不明です。

旧集落と団地の境目あたり、クリークと道路に挟まれた小規模な変形地ということで、あまり使い勝手のよい公園ではありませんが、ほかでは見たことがないタイプの遊具を2つ見かけたので記録。

887/1000 多布施公園(佐賀県佐賀市)

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佐賀市の中心部を流れる多布施(たふせ)川は、江戸時代には城下町の治水・利水・舟運の要となっていた川で、今も市街地を潤しています。
この多布施川沿いも公園・緑道になっているのですが、多布施公園は川からは少し離れた住宅地の中にある普通の小公園です。

886/1000 大藤公園(佐賀県佐賀市)

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大藤公園はJR佐賀駅から北東へ10分ほど歩いた住宅地の中にある小公園です。佐賀駅の北側は40年ほど前まではクリークが縦横に走る水田地帯でしたが、今は区画整理されて整った町並みになっています。

大藤公園もそうした区画整理地の一角にあり、整った形の敷地の中央を園路が通り、その西側は広場がある活発に遊ぶブロック、東側が幼児向けの遊具や藤棚などのある落ち着くブロックになっています。

885/1000 新家公園(佐賀県佐賀市)

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新家(しんや)公園はJR佐賀駅北口から徒歩3分ほど、「駅前中央2丁目」というそのまんまな町名の町にある小公園です。
もっとも佐賀市の市街地は駅南から佐賀城の間なのですが、駅前中央の1丁目だけが南側にあり、2、3丁目は駅北にあるため、まったく中央な感じがしない不思議な地区です。

884/1000 大溝公園(佐賀県佐賀市)

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大溝公園は、JR佐賀駅から北へ500メートルほど離れた住宅地にある公園です。
いたる所がクリークだらけの佐賀平野の中で、あえて「大溝」と名乗るのですから、かつては相当大きなクリークが通っていた地区なのだろうと思います。

883/1000 本庄公園(佐賀県佐賀市)

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本庄公園は、佐賀市街地からやや南に外れた本庄地区にある公園です。

この公園が整備された当時の本庄地区のコンセプトが、農村地帯としての古い歴史や民話、祭りなどに彩られた「かたりべの里 本荘」であったらしく、公園の入口には数々の歴史・文化資源の解説が書かれたタイルがたくさん並べられています。
ちなみに古くは「本荘」の字が用いられたそうですが、1889年(明治22年)に村名を「本庄」としたことから、現在は地区名も公園名も本庄となっています。

882/1000 どんどんどんの森公園(佐賀県佐賀市)

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「どんどんどんの森」は佐賀市中心部にある紡績工場の跡地再開発エリアで、市立図書館や新聞社、テレビ局などが集まっている場所です。
その中心部、図書館とアバンセ(県立生涯学習センター、男女共同参画センター)とに挟まれた公園が「どんどんどんの森公園」です。

アバンセのHPによれば「どんどんどんの森」という名は公募で決まったそうで、佐賀弁の3拍子の言い回し、躍動感あふれる太鼓の音、佐賀市が発展に向けて突き進むという意味を込めているということなのですが、正直なところ「なんだかよくわからない」という感は拭えません。太鼓の音のする森ってなんだ?

881/1000 市役所前公園(佐賀県佐賀市)

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No.880のくすかぜ広場の場所にあった佐賀市役所が、1975年(昭和50年)に現在地に移転しました。その新庁舎(と言っても40年が経過していますが)の足元にある前庭のような公園が、市役所前公園です。

880/1000 くすかぜ広場(佐賀県佐賀市)

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くすかぜ広場は、No.878 佐賀城公園とは道一本隔てた北側に隣接しており、1929年(昭和4年)から1975年(昭和50年)まで佐賀市庁舎があった場所です。

879/1000 中の館児童遊園(佐賀県佐賀市)

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No.878の佐賀城公園は江戸時代の鍋島家の城でしたが、その藩祖・鍋島直茂が仕えていたのが戦国大名である龍造寺隆信です。
隆信の時代の居城であった水ヶ江城跡は現・佐賀城跡のすぐ隣で、その城跡にある中の館(なかのたて)児童遊園は、隆信の誕生地とされています。

878/1000 佐賀城公園(佐賀県佐賀市)

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佐賀城公園は、その名のとおり藩政期を通じて佐賀藩鍋島家の居城だったところです。
明治初期に「佐賀の乱」の戦場となったこともあって江戸時代の建物はほとんど失われ、その後に県庁や学校などが建てられました。

それら建物用途については、明治から昭和の間にいくらか出入りがあったようですが、現在はかつての本丸・二の丸内に佐賀県庁、合同庁舎、美術館、放送局、高・中・小・幼の学校、住宅などが立ち並び、都市の中心地となっています。
そして、博物館や美術館を含む広い範囲が佐賀城公園となっており、日本の都市公園100選、歴史公園100選にも選ばれています。

877/1000 住吉宮町公園(神戸市東灘区)

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住吉宮町公園は、No.876の住吉公園から東へ50メートルほどしか離れていない場所にある小公園です。
どちらも同じコミュニティ道路に面しており、子供たちは両方の公園を行ったり来たりして遊んでいることと思われますが、住吉公園が多目的グラウンドやテニスコートを持っていてやや広い範囲から利用者を集める公園であるのに対して、住吉宮町公園は地域福祉センター(地域の協議会が運営する集会所施設)に隣接し、より地域に密着した公園になっています。

876/1000 住吉公園(神戸市東灘区)

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住吉という地名は住吉神社にちなむものなので全国あちこちにありますが、今回の住吉公園は神戸市東灘区、JR住吉駅から南へ徒歩5分ほどのところにある公園です。
駅に近い割には防球ネットに囲まれた多目的広場と4面のテニスコートを持っており、近隣住民のスポーツ活動によく使われています。

多目駅広場はこんな感じ。誰もいないのは平日の午前中だからです。
東灘区民まつり、地区の盆踊りなど様々な行事の会場にも使われています。

875/1000 平兵衛樹林地と光町もみじ公園(東京都国分寺市)

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No.874の峡通り樹林地と同じく、崖線上の保存樹林を市民に開放しているのが「平兵衛樹林地」。少し離れたところから見てみると、崖上の開発残地だとわかる外観をしています。

874/1000 峡通り樹林地(東京都国分寺市)

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「峡通り」と書いて「はけどおり」。
「はけ」は崖地形を指す言葉で、仮名書きにしたり「峡」以外に色々な漢字を当てられたりしますが、とくに武蔵野地域に広がる、多摩川によって侵食された国分寺や立川の崖線を呼ぶ名として知られています。

峡通り樹林地は、そうした崖線上の林を周辺開発の中で少しだけ保存して、小園地として整備したものです。

873/1000 富士本わくわく公園(東京都国分寺市)

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富士本わくわく公園は、JR国分寺駅から1キロほど離れた住宅地の中にある小公園です。
富士本という町名は、かつて富士山を祭神とする浅間神社があったことにちなむもので、その浅間社のあった場所こそが現在のわくわく公園だそうです(市報こくぶんじより)。

公園のすぐ隣に小さなお社がありましたが、これは浅間神社とは関係なさそうです。

871/1000 一里塚公園(京都府長岡京市)

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一里塚公園は、JR長岡京駅から西北へ100メートルほどしか離れていない住宅地の中にある小公園です。
このあたりの町名が「一里塚」なのですが、現在の町名の範囲は長岡京市を南北に貫く西国街道には面していません。おそらくは町名変更が行なわれて、街道沿いが別の町名になってしまった残りなのではないかと思います。

870/1000 緑が丘西公園西(京都府長岡京市)

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緑が丘西公園は、JR長岡京駅近くの住宅地を歩いていて偶然に見つけた公園です。
一般的に思う公園の姿からするとかなり小さいため、確かに長岡京市標準の園名板があるのですが「近くに大きな本体があって、ここは飛地なのでは?」と、後から資料を調べなおしてしまうほどでした。

869/1000 立命館東公園(京都府長岡京市)

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長岡京市調子にある立命館中・高の長岡京キャンパスの東側にあるので、立命館東公園。
以前、同キャンパスの敷地に成安短大があったころは成安公園という名前でしたが、久しぶりに訪ねたら公園名が変更になっていました。
それどころか、敷地も狭くなって施設内容も一新され、かなり様相が変わっています。

868/1000 神足公園(京都府長岡京市)

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現在のJR長岡京駅は、以前は神足(こうたり)という駅名でした。すなわち駅周辺の地名が神足なのですが、1995年(平成7年)に市名にあわせた駅名に変更されました。
その駅から3分ほど歩いたところに神足神社があり、その隣に神足公園があります。

867/1000 南浦公園(京都府長岡京市)

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No.866の勝竜寺城公園から南に100~200メートルほど離れた地区が南浦で、淀川の支流である小畑川に接しているので、城が現役だった頃に使われた「勝竜寺城の南にある川港=南浦」の意味ではないかと想像するのですが、裏打ち資料は見つけられませんでした。

現在は住宅地になっており、その一角にある南浦公園も、いかにも住宅開発時に作られた「へた地」といった風の三角地を使った公園です。

866/1000 勝竜寺城公園(京都府長岡京市)

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勝龍寺城は京都府南部の交通の要衝に位置する中世の城で、とくに戦国末期になって細川藤孝が城主となったこと、また後に非業の死を遂げる細川ガラシャ(明智光秀の娘、藤孝の嫡男忠興の妻)が暮らしたこと、山崎の合戦の際には明智光秀が入城したことなどで知られています。
しかし江戸時代初めに廃城となった後は放置され、長く忘れ去られた状態となっていました(堀はずっと残っていたそうですが)。
これが平成の初め頃に公園として復元的に整備され、勝竜寺城(しょうりゅうじじょう)公園となりました。


865/1000 芝給水所公園(東京都港区)

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芝給水所公園は、その名のとおり港区芝にある給水所の屋上を利用して整備された公園です。
このように夜間は閉鎖される門を潜り、スロープか階段で上っていくと公園になっています。

864/1000 狸穴公園(東京都港区)

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「狸穴」と書いて「まみあな」。
江戸の初めからの歴史を持つ町名であるうえに、昭和の中頃に東京都心で町名変更が進んだ際にも、地域住民の強固な反対で今に残っています。

地形的には麻布台から南方向へ下がる斜面地にあたり、この坂下にアナグマ(=マミ)だかタヌキだかが棲む穴があったことが地名の起こりだと言います。そんな場所の坂下にあるのが狸穴公園です。

863/1000 横川省三記念公園(東京都港区)

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公園名になっている横川省三(1865・慶応元年-1904・明治37年)は、盛岡の生まれ。
自由民権運動に参加して投獄、朝日新聞記者を務めた後に渡米して農園経営、日露戦争直前に政府の特命を受けて中国大陸に渡り、ロシアの情報収集・撹乱などを図るも最後はコサック兵に捕らえられて銃殺されたという波瀾万丈な人物です。
死後は烈士として讃えられ、旧居を公園として保存しようという運動もあって1938年(昭和13年)に横川省三記念公園が開設されました。がしかし、1964年(昭和39年)の首都高速道路の整備に伴って本来の場所からやや東の現在地に移転し、今にいたると言うことです。

862/1000 南桜公園(東京都港区)

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南桜(なんおう)公園は、新橋駅烏森口から徒歩5分。
No.861の桜田公園と同じく、関東大震災からの復興事業により小学校とセットで整備された小公園の1つです。そして、ここも桜田公園と同じ時に小学校が統廃合によって移転したのですが、その後しばらくの間は別用途に利用されていた校舎も取り壊され、2010年(平成22年)に旧・学校敷地も併せて公園が拡大・再整備されました。

861/1000 桜田公園(東京都港区)

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桜田公園は、JR新橋駅の烏森口から西へ徒歩1分。今となっては、よく用地が確保できたものだと驚かされる立地にあります。そして本ブログでは久しぶりの登場「関東大震災からの復興事業により小学校とセットで整備された小公園」の1つです。
もっとも、セットだった桜田小学校は20年以上前に移転・統廃合されて、ここにはありません。

860/1000 本町公園(神戸市兵庫区)

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「本町」といえば、その町の起こり、もっとも繁華な地区が名乗るものですが、神戸市兵庫区の本町は江戸時代の兵庫津岡方(港から離れ陸路の宿場町となっていた地区)の中心地だったそうです。本町公園は、そんな兵庫区本町にあります。

ただ、実際に港から遠いかというとそんなこともなく、公園から数十メートルのところには明治時代に整備された新川運河(兵庫運河)が通っています。
この運河は江戸時代の船入江(内海)を改廃しながら通していったようなので、それならば港の中心と言っても良いように思うのですが、律令時代からの歴史を持つ兵庫の港は時代とともに姿を変えており正確なところはよく知りません。

859/1000 北野町中公園と北野町広場(神戸市中央区)

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ここ数回続いた神戸の異人館街・北野地区の公園ですが、それらが住民向けの公園であったのに対して、この北野町中公園と北野町広場(2つが一体として設置されている)は観光客向けの要素が非常に強い公園になっています。
場所は異人館街のシンボルとも言える「風見鶏の館(旧トーマス住宅)」の正面。まさしく異人館街の中心です。

もう25年以上前のことなので私の記憶も曖昧ですが、もともと萌黄の館(旧シャープ住宅)の玄関前広場としての役割を果たす北野町中公園が先にありました。

858/1000 山本通東公園(神戸市中央区)

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山本通東公園は、神戸の異人館街・北野地区にある小公園です。
付近のランドマークである神戸バプテスト教会、インドクラブという建物に接しているのですが、それぞれの建物の裏手にあたるためあまり目立ちません。

857/1000 山本通小公園(神戸市中央区)

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山本通小公園は、神戸の異人館街・北野地区の住宅地の中にある小公園です。
もう少し西へ行くと、「山本通公園」もあるのですが、それと比べると1/4くらいの面積しかありません。

856/1000 北野町西公園(神戸市中央区)

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北野町西公園は、神戸の異人館街・北野地区の外れにある小公園です。
斜面地を登っていった住宅が尽きるところの一枚裏側(住宅地と山林の隙間)を公園としており、「坂の町」である神戸ではよく見られる立地と言えます。とは言え、下の写真の階段を進んでいった奥に公園があると言われても、知らない人は躊躇してしまうことでしょう。

855/1000 北野町東公園(神戸市中央区)

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異人館街として知られる神戸市の北野地区。現在は観光地、商業地の色が濃いのですが、元々は住宅地でした(そもそも異人館自体が港に近い地区で働く外国人の住宅として建てられたものが多い)。
今でも表通りから一筋入れば古くからの住宅や小規模なマンションが建っており、その中に住民向けの小さな公園もあります。北野町東公園は、そんな小公園の一つです。

場所は、明治31年(1898年)建設の旧アメリカ領事館官舎(現・神戸北野美術館)の北に隣接しています。写真では白い下見板貼りの建物に向かって公園から階段が通じているように見えますが、まっすぐ入ることはできません。

854/1000 篠田児童遊園(青森県青森市)

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篠田児童遊園はNo.853の西部公園から150メートルほど離れ、同じく青森駅西側の住宅地の中にある小公園です。
三方が道路に接し開放感のある公園ですが、取り立てて言うほどの特徴はありません。が、小ネタをいくつか見つけたので記録。

853/1000 西部公園(青森県青森市)

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JR青森駅前は、もともと港があって街の中心だったのは東側なため、東口から出ると商業・業務地や官公庁などが連なるのですが、西側は駅を出るといきなり住宅地になっています。西部公園は、そんな駅西の住宅地の中にある小公園です。

852/1000 駅前公園(青森県青森市)

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駅前公園は青森駅東口のロータリーに接しており、文字通りの駅前公園です。駅前の再開発にあわせて旧・国鉄から買収され、2006年度(平成18年度)にオープンしたそうなので、まだ新しい部類に含まれます。

そうした立地なので、イベント等に使いやすいようにほぼ全面が石張り舗装されています。
じっさい訪れた時も、なにかのイベント用テントが準備中でした。

851/1000 本町公園(青森県青森市)

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本町公園がある青森市本町(ほんちょう)は、その名のとおり青森のまちの起こりだと言われている地区で、かつてこの付近に文字通り「青い森」が茂る丘があって港に入る船の目印になっていたそうです。

850/1000 聖徳公園(青森県青森市)

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No.849 青い海公園の東端に、これと一繋がりになっている聖徳(せいとく)公園があります。現状はほぼ一体のものですが港湾緑地である青い海公園は県管理、この公園は市管理のはずなので、本ブログでは別々の公園だとして扱います。
歴史は聖徳公園の方がずっと古く、明治天皇ご巡幸の記念碑を中心に1930年(昭和5年)に開園したものです。ただし、港の拡張にともなって場所や区域は何度か動いています。

そして、ここが私の好きな「記念碑大集合」型の公園になっています。

849/1000 青い海公園(青森県青森市)

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No.848は青森市にある青い森公園でしたが、そこから500メートルほど離れた海沿いには「青い海公園」があります(この二番煎じにもならないほどにフラフラなネーミングには驚かされました)。
事業としては、1988年(昭和63年)の青函連絡船の廃止にともなって、残る港を一般向けに再整備・活性化させようというウォーターフロント開発(なんと80年代的な響き!)によって生まれた港湾緑地であるようです。

848/1000 青い森公園(青森県青森市)

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先日、久しぶりに青森市へ行ってきたのですが、そこには「青い森鉄道」「青い森信金」「ホテル青い森」「青い森病院」などが溢れていました。
私としては「素直に『青森』って名乗ればいいのに」と思うのですが、「青森で普通に『青森』と名乗っても、ネーミングとしては埋没して目立たない」という理由なのでしょうか。でも広島で「広い島」、長野で「長い野」といったネーミングは見かけないので、「森」のイメージを良いものとして捉えている印象は持ちました。

さて、そんな一連の「青い森」の中でも古株に属するであろう青い森公園は、1987年(昭和62年)の開園。それ以前は県立中央病院、さらに戦前に遡れば新町尋常小学校があった場所だということです。

847/1000 灘北公園(神戸市灘区)

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灘北公園は、神戸市灘区のJR線北側の住宅地の中にあります。
緩やかな斜面地に立地しており、園内は小さく2段に分かれているのですが、下段側は周りの住宅よりも道路よりも一段掘り下がった高さになっています。

846/1000 稗田公園(神戸市灘区)

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稗田(ひえだ)公園は神戸市灘区大内通にありますが、お隣の稗田小学校の所在地は岸地通になります。どちらも1933年(昭和8年)までの大字・稗田に含まれます。
小学校に隣接するうえに市街地にしては広く、自治会館の立派な建物もあって、おまけにハローワークにも隣接しているため、年間を通じて様々な利用者の多い公園だと思われます。

845/1000 岩屋北公園(神戸市灘区)

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岩屋北公園は、No.844の岩屋公園から線路を挟んで100メートルほど離れたところにある小公園です。長池地蔵という地蔵堂の隣にある細長い公園なので、かつては公園部分が細長い池(長池)だったのかも知れません。