579/1000 荒神山西公園(神戸市東灘区)

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六甲山系に含まれる荒神山は、古くは御影石の採石場として知られたところですが、現在は住吉台という名の住宅地として開発され往事の面影はありません。
その住宅地の西側、住吉川に向かって落ちていく急な傾斜地を使った小公園が、荒神山西公園です。

とにかく傾斜地で、わずかな平場にブランコとベンチがあるので、そこは確実に公園だと分かりますが、それ以外の傾斜地(写真左手の低いフェンスの上の方)は公園区域なのでしょうか?

578/1000 五反田公園(神戸市東灘区)

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No.191 中之町公園の回でチラッと登場した旧・本山村の字五反田にあるのが五反田公園です。
昔から、五反(5,000平米弱)の田があれば一家5人がなんとか食べていけたと聞きますが、この公園は1,800平米ほどです。

整った区画の住宅地の中にある長方形の公園で、真ん中あたりにクスやシイなどの植栽があって、遊具広場と多目的広場とが分けられています。

577/1000 雨の神公園(神戸市東灘区)

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雨の神公園は、神戸市東部の山の手を東西に通る山手幹線沿いにある公園です。

このあたり住吉川~石屋川の間の一帯は、はやくから住宅開発が進んだ地区なのですが、その割には数年前まで住居表示を実施していなかったブロックが残っていて、字名から命名された公園が幾つかあります。ここもその一つで、旧・住吉村の字雨ノ神にあたります。
ちなみに、『角川日本地名大辞典 28 兵庫県』(角川書店)によれば、雨ノ神は当地にあった雨神神社に因むものであり、この神社は現在は400メートルほど離れたJR住吉駅のそばにある本住吉神社に合祀されているそうです。

576/1000 西青木公園(神戸市東灘区)

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西青木公園は、阪神・青木駅近くの住宅地にあり、三方を住宅に囲まれた細長い公園です。

こういう形状の公園は騒がしくすると周りの家の人に悪いような気がして、ちょっと遊びづらいところもあるのですが、ここは植栽やブロック塀で、少なくとも一階部分については目隠しがされているので、そうした気分が少し和らげられるようになっています。

575/1000 りんご広場(大阪市生野区)

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りんご広場は、大阪市生野区の住宅地にある小広場です。制度的には都市公園事業ではなく、防災目的の大阪市の独自事業「まちかど広場」として整備されたものです。
公園や広場の少ない地域で、僅かずつでもオープンスペースを確保していこうという事業なので、この写真に写っているのでほぼすべて。面積にして225平米です。
りんご広場(大阪市生野区)

574/1000 長柄公園(大阪市北区)

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長柄(ながら)公園は、大阪市にある日本一長い商店街・天神橋筋商店街(南北2.6km)の北の端から、さらに200メートルほど離れた住宅街の中にある公園です。

大阪市街地の公園には多いデザインで、整った方形の区画の中ほどにパーゴラを置いて敷地を分け、片側を広場に、片側を遊具広場にしています。

遊具広場の主役は山遊具とパンダ滑り台。

573/1000 淡路公園(東京都千代田区)

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淡路公園は、東京・神田の淡路町駅から徒歩3分のところにある、2013年(平成25年)に全面リニューアルしたての新しい小公園です。
もともとは関東大震災からの復興小公園として淡路小学校と一体的に(ただし間に道路を挟むパターン)整備されたのですが、小学校は1993年(平成5年)に統廃合にされてNo.119の芳林公園で登場した昌平小学校となって移転し、跡地の再開発で公園も大きく生まれ変わりました。

敷地はニコライ堂のある駿河台あたりから下りてくる坂に接しており、勾配を階段状の植栽帯で処理しています。
再開発で建った高層ビルとも一体化したデザインがされており、言われなければ都市公園であることには気づきません。

572/1000 琢成緑地(山形県酒田市)

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酒田市立図書館などの入る総合文化センターの北側にある緑地・広場が琢成(たくせい)緑地です。
琢成緑地(山形県酒田市)

「琢成」は「玉不琢 不成器 人不学 不知道(たまみがかざれば うつわをなさず ひとまなばざれば みちをしらず)」という中国の古書・礼記から取られた言葉だそうで、もともとこの場所にあった琢成小学校に因むものだと思われます。
現在は、緑地から道一本渡ったところにある酒田市立琢成小学校のHPによれば、1879年(明治12年)、時の太政大臣・三条実美が酒田を訪れた際、新設の学校の命名を懇願されて付けた名前が「琢成学校」だということです。

571/1000 妙法寺公園(山形県酒田市)

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妙法寺公園は、酒田市街地のやや北より、多くの寺院が建ち並ぶ寺町の一角にある小公園です。園内は、微妙な高低差を活かした滑り台、鉄棒、ジャングルジム、ブランコなどのある児童公園仕立てになっていますが、なによりも目立つのは公園中央にそびえる巨大な石碑です。

碑名は「三烈士墓碑」と刻まれていて、碑文は当然のごとく漢文なのですが読みやすい書体でしっかりと彫られており、天野豊三郎、佐藤桃太郎、関口有之助の3人が烈士であり、戊辰戦争の折に旧幕側で戦って庄内藩領にて捕らえられ、処刑されたことが記されていました。どこの石碑もこれくらい読みやすいと良いのですが。

570/1000 浜田南公園(山形県酒田市)

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No.569の新井田公園から、新井田川にかかる歩行者専用橋を渡ったところにある小公園です。
この橋も1976年(昭和51年)の酒田大火の時にはなく、その後の復興計画の中で位置づけられて整備された橋だということです。
川沿いの細長い三角形の敷地で、短い方の一辺にブランコ、滑り台、回転ジャングルジム、砂場などの遊具を集めて、ほかは広場になっています。
浜田南公園(山形県酒田市) 浜田南公園(山形県酒田市)

569/1000 新井田公園(山形県酒田市)

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新井田(にいだ)公園は、No.567の中央公園No.568の大通り緑地、大通り公園と同じく、1976年(昭和51年)の酒田大火からの復興の中で整備された公園です。
前の二つが商店街や大通りに面してイベント利用やシンボル性などに重きを置いた公園であったのに対して、新井田公園は住宅地の中にあり児童公園仕立ての内容となっています。
新井田公園(山形県酒田市)

568/1000 大通り緑地と大通り公園(山形県酒田市)

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大通り公園、緑地とも、No.567の中央公園と同じく、1976年(昭和51年)の酒田大火からの復興の中で整備された公園です。
隣接してはいるのですが、間に歩行者専用道が通っており、本当に大通りに面している方が施設型の「緑地」、少し奥まった方が広場型の「公園」と分かれています。
大通り緑地と大通り公園(山形県酒田市)

567/1000 中央公園(山形県酒田市)

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山形県酒田市は、1976年(昭和51年)に中心市街地の商店街などを焼く大火に見舞われました。火元は繁華街の中の映画館で、晩秋の夕方17時40分頃に出火、明朝5時頃まで一晩かけて約22.5haを焼き尽くすものでした。
空襲や地震などの原因ではなく失火を原因とする都市大火は、木造住宅が多い日本では戦後期まで各地で起きていたのですが(本ブログでも、昭和20年代に大火に見舞われた長野県飯田市鳥取県鳥取市などを訪れました)、昭和30年代以降しばらくは規模の大きなものは鳴りを潜めていました。そうした中、酒田大火は約20年ぶりに国内で発生した、そして今のところ最後の都市大火だと言えます(※ その後も地震を原因とするものは、阪神・淡路大震災時の大火などが起きています)。

その大火の当時、中心市街地には目立った公園がなかったものの、小さな緑地や社寺有地などのオープンスペースが避難などに役立ったことから、復興においても公園や並木のある通りが積極的に整備されました。この一環として、商店街の中心に新たに整備されたのが酒田市の中央公園です。

566/1000 本町公園(山形県酒田市)

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本町(ほんちょう)公園は、酒田市の中心部、銀行の隣にある細長い公園です。
公園の一番奥に明治天皇の行在所の記念碑跡があるので、その前庭として確保された用地ではないかと思います。
本町公園(山形県酒田市)

いちおうブランコ、鉄棒といった遊具もあるのですが、全体的には庭園風の仕立てとなっており、落ち着きがあります。
本町公園(山形県酒田市)
本町公園(山形県酒田市)

565/1000 日和山公園(山形県酒田市)その2

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山形県酒田市は日和山公園の第2回。第1回の歴史的建造物、銅像に続いて、今回は石碑などを見て回ります。

石碑は、第1回で出てきた文学碑のほかに、海岸砂防林を造成した本間光丘(ほんま みつおか)の記念碑、明治の大震災の記念碑などがあります。
本間家というのは、言葉にすれば「豪商にして大地主」なのですが、庄内藩の財政に参画したり公共事業を自らおこなったりと、言葉の枠には収まりきらないスケールの大きな家でして、その基礎をつくった代の当主が光丘です。
なかでも光丘が率先して整備にあたった酒田の海岸砂防林は全国的に有名なもので、その光丘と砂防林の記念碑がこのイチョウ並木の奥にあります。すなわち石碑専用アプローチ。

565/1000 日和山公園(山形県酒田市)その1

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酒田は古くから最上川の河口に栄えた港町で、とくに北前船が寄港するようになった江戸時代には奥州屈指の都市として豪商が軒を連ね、松尾芭蕉をはじめ多くの文人墨客がそこを訪ねました。
なかでも、戦後の農地解放まで日本最大の大地主だったという本間家は「本間様には及びもせぬが、せめてなりたやお殿様」と歌われたと聞きます。

その繁栄を支えた船の運航に欠かせなかったのが、最上川の河口近く右岸側にある日和山(ひよりやま)で、船乗り達が海路の日和を見た場所です。ここが現在は日和山公園となっており、酒田市を代表する公園として日本の都市公園100選にも選ばれています。
ちなみに「日和山」は古くからの港町には多い地名で、「日和山公園」も酒田市のほか宮城県石巻市と名取市、新潟市、兵庫県豊岡市、山口県下関市などにもあります。

564/1000 丹波並木道中央公園(兵庫県篠山市)

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兵庫県篠山市にある丹波並木道中央公園は、兵庫県の地域別振興ビジョンの丹波地域版である「丹波の森構想」に基づいて整備中の大規模公園で、計画面積132haのうち70haほどが開園しています。

農村部における都市住民との交流、それによる地域活性化などを目標に、いわゆるスポーツやレクリエーションではなく、森林や農地、林業や農業、伝統文化などを取り込んだ公園なのですが、最近は公園内から恐竜の化石が見つかったため、そちらの方にも力を入れています。
ちなみに、近隣エリアには「丹波の森公苑」「ささやまの森公園」という何となく似たような名前の別施設もあるので注意が必要です。

現在の開園区域は、大きくは山部分と、山裾の丘陵地を地形にあわせて切り開いて、いくつかの広場が細長く連なる部分とに分かれます。
丹波並木道中央公園のHPより引用して表示

563/1000 尼崎市記念公園(兵庫県尼崎市)

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尼崎市記念公園は、尼崎市のHPを見ても現地に行っても、なにを記念しているのかはっきりと語られていない公園です(私が見つけられなかっただけかも知れませんが)。しかし、尼崎市立地域研究史料館が公開する apedia によれば、1940年(昭和15年)の紀元2600年を記念するものだそうです。
とは言え70数年前のものは、パッと見たくらいでは見つけられませんでした。並木はどうかなぁ。
尼崎市記念公園(兵庫県尼崎市)

神武天皇の即位から2600年にあたるとされたこの年は、各地で祝賀行事が開催されて記念碑が建てられたこと、大規模な神社が造営されたことなどが知られていますが、じつは公園もたくさんつくられています(祝賀行事の会場として用地を確保し、そのまま公園としたことが多かったようです)。
その意味からは、単純に政治的・神道的な意味あいだけではなく、明治時代から今日まで続く「博覧会など大規模イベントを名目に公共が土地を確保して、都市改造をはかる」という都市計画の一環としての側面があったと言うことです。
尼崎市記念公園(兵庫県尼崎市)

562/1000 なまず広場(東京都豊島区)

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No.554のモーモー広場ほどのインパクトはないのですが、東池袋5、6丁目で防災目的などで整備されている辻広場の第2弾。なまず広場です。

なまず広場(東京都豊島区)

インパクトが弱いのは、「昔は牧場があったからウシ!」のように、明確な主張がないからでしょうか。
防災→地震→ナマズくらいの弱い連想しか感じられません。

あるいは、ナマズを1匹に絞り込まず、2匹(モニュメントナマズとベンチナマズ)にしてしまったので散漫になってしまったのかも知れません。
なまず広場(東京都豊島区)

御影石のモニュメントナマズの台座くらいの大きさのナマズ1匹だったら、モーモー広場以上のインパクトを与えてくれたことでしょう。
もちろん、公園や広場はインパクト勝負の場ではないのですが(笑)。

(2013年6月訪問)

561/1000 坪和公園(兵庫県尼崎市)

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坪和(つぼわ)公園は、No.559の大物公園から100メートルほど西に離れた小公園です。
500平米ほどの小さな敷地に、滑り台、ブランコ、鉄棒、揺れる動物があるという児童公園仕立てで、これと言って目立ったところはありません。
坪和公園(兵庫県尼崎市)
坪和公園(兵庫県尼崎市)

あえて気になることを探せば、禁止事項の看板に、尼崎市の公園名物だったはずの「はずかしい干し物」が無いことくらいでしょうか。
理由はわかりませんが、こちらでは遊具破壊の方が問題視されているようです。そりゃまぁ、二つ並べたらこっちの方が問題でしょう。
坪和公園(兵庫県尼崎市)
坪和公園の注意看板
坪和公園(兵庫県尼崎市)
No.322 梶ヶ島南公園(尼崎市)の注意看板

むしろ気になることは、公園のすぐ隣に。「わんわんセルフシャワー」とは?
セルフと言ってもイヌが自分で体を洗うわけはなく、飼い主がイヌ洗い場とドライヤーを貸してもらって、シャンプーとタオルは持参。料金は20分500円なり。
高いのか安いのか、さっぱり分かりません。
坪和公園(兵庫県尼崎市)

(2013年10月訪問)

560/1000 後野公園(兵庫県尼崎市)

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後野(あとの)公園は、No.558の小田南公園の東端にある出入口から100メートルほど離れたところにある小公園です。
後野と言うからには、もとは前に何かがあったのだと思いますが、何なのかはわかりません。

道路の付け替えで生まれたような三角形の土地で、三方ともを道路に囲まれるという、あまり条件の良くない敷地なのですが、公園と歩道を一体化させることなどで上手に空間を使っています。
後野公園(兵庫県尼崎市)

敷地の北側は、公園のクスノキやケヤキなどが街路樹と一体となって、かなり繁っています。
足元の植栽帯も含めて、今どきの街中の公園としては繁りすぎなほどで、訪れたのは10月だというのに蚊がたくさん飛んでいました。
後野公園(兵庫県尼崎市)
後野公園(兵庫県尼崎市)

公園内には複合遊具が一つと、砂場、揺れる動物、東屋など。
複合遊具はアルミかステンレスの金属パーツと木製パーツを組み合わせたものです。
後野公園(兵庫県尼崎市)

複合遊具の塔部分から突き出ている、この木橋が狭くてけっこう怖い。
手すりはあるのですが、海賊船から突き出た板の上を歩かされるやつ(”walk the plank” というそうです)を連想します。
後野公園(兵庫県尼崎市)
Key West Museum(アメリカ,フロリダ州)のサイトより引用して表示

おまけに、その下にはタイヤブランコがぶら下がっているので、ブランコで大暴れされたら、木橋を渡るのはますます怖くなるのでは
後野公園(兵庫県尼崎市)

小さいけれど少し気になる後野公園でした。

(2013年10月訪問)

559/1000 大物公園と大物川緑地(兵庫県尼崎市)

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関西の難読駅名の一つとして挙げられる阪神・大物(だいもつ)駅の北側に広がるのが大物公園です。No.558の小田南公園と同様、かつての大日本紡績尼崎工場の敷地の一部です。
ただ、小田南公園と比べると整備年次が古いので、並べてみるとやや古ぼけた感じが出ています。

558/1000 小田南公園(兵庫県尼崎市)

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阪神電鉄の本線となんば線とが合流する大物駅の東側、その2本の線路に挟まれるようにあるのが小田南公園です。
もともと大日本紡績の巨大な工場があった場所で、1965年(昭和40年)に工場が廃止になり、ゴルフ練習場などとして利用された後、1983年(昭和58年)から徐々に公園が開園しています。
小田南公園(兵庫県尼崎市)

都市計画上は12.1ヘクタールの総合公園で、なんば線の南側にある広い空地も公園計画地になっています。完成すれば大物川緑地を通じてNo.366の北浜公園や北側の大物公園と連続し、全体で2キロくらいある緑地帯を形成することになります。
が、今はまだ5.3ヘクタール。とは言え市街地ではかなり広い方です。

557/1000 イーストあきない広場(大阪市生野区)

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No.556の生野東4公園から南へ100メートルほど離れたところに、ベルロード中銀座商店街があります。
昔ながらの商店街で、アーケードが架かった細い道の両側に店舗が立ち並んでいるのですが、防災上の理由などから1ヵ所だけ片側が開かれて広場が設けられています。これがイーストあきない広場です。

これがほぼ全景。
写真右手が商店街、左手奥には府営住宅の建物が見えています。角地にある店舗を数軒分立ち退いてもらって用地を確保したような格好に思えます。
イーストあきない広場(大阪市生野区)

556/1000 生野東4公園(大阪市生野区)

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JR寺田町駅から東の方へ、1kmくらいの長さで商店街が連なっています。狭い道にアーケードの架かった地元密着型の商店街です。
商店会はいくつに分かれるようで、その中ほど、ベルロード中銀座と生野銀座商店街との境界近くに生野東4公園があります。
生野東4公園(大阪市生野区)

555/1000 本郷町ガス山公園(横浜市中区)

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横浜市中区本郷町の界隈は、起伏が多い地形に古い市街地がびっしりと張り付いており、防災上は色々と課題の多い地区です。
そこに、かつての横浜市瓦斯局、後に事業主体が移って東京ガスが使っていたガスタンクがあり「ガス山」と呼ばれていました。そのタンク跡地を市が公園化したのが本郷町ガス山公園で、2012年(平成24年)5月に開園したばかりの新しい公園です。
本郷町ガス山公園(横浜市中区)

554/1000 モーモー広場(東京都豊島区)

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1978年の完成当時にはアジアで一番高いビルだったサンシャシン60
かつての東京拘置所、巣鴨プリズンがあった場所は、現在の町名表示では東池袋3丁目です。

そこから東へ300~400メートルほど離れた東池袋5、6丁目界隈は、都電沿いに開発が進んだ大正・昭和初めに人口が急増し、狭く入り組んだ道に古い木造住宅が立ち並んで、防災や生活安全上の課題が多い地区です。
サンシャインシティとの落差が凄いのですが、池袋区役所や地元の手により、防災やコミュニティ育成、まちの名物づくりなどを目的として「辻広場」と名付けられた狭小な広場が数多く整備されています。

その一つがモーモー広場(第5辻広場)。
住宅が張り付く以前には、このあたりに牧場が多かったことから、その歴史を伝えるためシンボルとしてウシのモニュメントが置かれた広場です。

553/1000 湖山町南3丁目の公共空地(鳥取県鳥取市)

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鳥取市には公共空地という制度があります。
制度の詳細はわからないのですが、おそらく公共で用地は確保するものの、周辺開発の進展状況や都市公園の整備状況などに応じて、公園水準としての整備・管理まではおこなわず、もうすこし簡易な内容で公開するものだろうと思います。

ただ、この湖山町南3丁目の公共空地は、一面の芝生敷きにブランコ、滑り台、砂場という「児童公園 三種の神器」と呼ばれた遊具が揃っており、ほかの地区で見かける街区公園と大差ない整備内容になっています。
きっと色々と経過や行政判断があってのことだとは思いますし、実際に使っている市民の方にとっては、呼び名はどうでもいいことだろうとも思います。

もっとも、園名板もないので公共空地なのだろうと決めつけて書いていますが、もしかして都市公園でしたら失礼(笑)

(2013年11月訪問)