日本1000公園

日本の都市公園は約10万ヵ所。その1/100なら行けるだろうと思って始めた覚え書きですが、1000ヵ所を超えても続いています。揺れる動物も集めています。

2014年5月31日

692/1000 五毛公園(神戸市灘区)

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五毛(ごもう)公園は、山手の住宅街にある小公園です。
五毛という地名については、角川書店『角川日本地名大辞典 28 兵庫県』によれば、かつて灯明などの油を取るゴマの栽培がおこなわれていたことから、「胡麻生」から五毛へと変化したそうです。

公園は、間口が狭く、奥に行くと広くなる旗竿型の敷地形状です。

2014年5月30日

691/1000 高尾公園(神戸市灘区)

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高尾公園は、山手の住宅街にある小公園です。もっとも六甲の山はすぐそこで、目線を変えれば山手というよりも山裾と呼ぶべき立地です。

2つあるうちの低い方の出入口を入ると、円形に少し盛土をした中に株立ちのケヤキが植えられています。大きな樹はこれだけなので、公園の中で非常によく目立ちます。

盛土の周りは石積みで固めてあるので、ベンチ代わりにして休むこともできます。

2014年5月29日

690/1000 日本へそ公園(兵庫県西脇市)

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兵庫県の内陸にある西脇市では、東経135度(子午線)と北緯35度が交差する点を「日本のへそ」とし、郷土のシンボルとしています。
その交差点を含む公園が「日本へそ公園」で、隣接地にはJRの日本へそ公園駅もあります。

念のためグーグルマップで座標"35,135"を検索したところが下の地図。しっかりと公園内の「日本のへそモニュメント」の位置を捉えています。


2014年5月28日

689/1000 福谷公園(兵庫県西脇市)

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平成の大合併で西脇市と合併した旧・黒田庄町。その中心は役場などのあったJR黒田庄町駅の周辺(黒田庄町岡)ですが、そうは言っても農業地帯ですので駅から300メートルも離れれば田園風景です。
田んぼの中を抜けてもう少し歩くと、福谷池という溜池とその周りの丘陵、古墳などを取り込んだ福谷公園があります。

2014年5月27日

688/1000 市庭公園(兵庫県西宮市)

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「市庭」と書いて「いちば」と読む地名も多いですが、西宮市市庭町は「いちにわちょう」。古い時代には市が立っていた場所なのでしょう。現在は西宮神社に隣接する低層の住宅地になっており、その中に市庭公園があります。

三方を住宅に囲まれた小公園ですが、道路側の間口が広く、またフェンスが低いので園内がよく見渡せます。

2014年5月26日

687/1000 宮前児童遊園と荒戎児童遊園(兵庫県西宮市)

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大阪と神戸とを結ぶ国道43号(第2阪神国道)は、戦後から高度成長期のモータリゼーションの進展にあわせて、戦前からあった現在の国道2号(阪神国道)を補うために開かれた道路です。
広域交通の軸、産業道路としての性格が強く、当初は片側5車線もあってさらに上空に高架で阪神高速道路も整備されたために、沿線では大気汚染や騒音が問題となり「西淀川公害訴訟」の舞台ともなりました。

その後、環境改善や防災目的で外側の2車線ずつが減らされて緑地帯や歩道として再整備されましたが、さらに阪神・淡路大震災後は、兵庫県下の西宮市、芦屋市などの区間で歩道から一皮の民有地を買収して防災目的の「環境防災緑地」を整備する取り組みが進められています。
国土交通省 近畿地方整備局 兵庫国道事務所のサイトより引用して表示

2014年5月25日

686/1000 宮前酒蔵公園(兵庫県西宮市)

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えべっさんの総本社・西宮神社の前(宮前)にある、元・酒蔵の敷地の一部を使った小公園です。
公園の隣に大きなマンションがあり、それを挟んで北山酒造という日本酒メーカーがありますので、おそらく1995年の阪神・淡路大震災の以前は大きな酒蔵を持っていたものが、被災して売却、そこにマンションが建てられた際に、制度に基づいて開発者から市に寄付された公園(いわゆる提供公園)だと考えられます。

2014年5月24日

685/1000 宮前公園(兵庫県西宮市)

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えべっさんの総本社・西宮神社の前にあるので宮前町。そこにある小公園が宮前公園です。
すぐ隣には市立の浜脇中学校があり、その横にへばり付くようにして公園があります。

細長い敷地の中に、藤棚と富士山型の滑り台、ブランコ、シーソーなど最小限の遊具があります。

2014年5月23日

684/1000 横尾池公園(兵庫県相生市)

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造船所を中心に発展してきた相生市の市街地は、JR相生駅よりも南の海側に広がっていますが、駅北側の山手にも新興の住宅地があります。
そうした住宅地の一つ、相生駅から15分ほど歩いた「ひかりが丘住宅」の一角にあるのが横尾池公園です。

2014年5月22日

683/1000 上ノ段公園(京都市右京区)

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上ノ段公園は、JR太秦駅北側のロータリーに隣接する狭小公園です。
本当に公園を出て横断歩道を渡れば太秦駅の図。

見たところ隣接地での大規模な住宅開発にともなって整備された公園のように思うのですが、それにしても駅前の一等地をあてがわれたものです。

小さな公園なので、一目で全体を見渡せます。

見ての通りで、あまりバリエーションのある使い方はできませんし、外へ出るといきなり駅前なので危ないところもありますが、お父さんの帰りを待つ母子連れには良いかも知れません。

(2014年3月訪問)

2014年5月21日

682/1000 梅ヶ香公園(神戸市長田区)

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梅ヶ香(うめがか)公園は、菅原道真の伝説にちなみ付けられた梅ヶ香町にある細長い公園です。
この細長い敷地は、かつて国鉄和田岬線から分岐させ、西方向へ向かう山陽本線と直結させる路線のために買収されたものの、結局建設されなかった用地だと聞きます。


2014年5月20日

681/1000 兵庫駅南公園(神戸市兵庫区)

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JR兵庫駅の南すぐにあるキャナルタウンは、かつての国鉄・兵庫貨物駅跡地の再開発で誕生した中高層のマンション&商業施設群です。
明治初め、兵庫港の再整備・活性化の柱として造られた兵庫運河がこの貨物駅跡の横まで伸びてきていることから、このイメージが建物や外構のデザインに取り入れられ、水路(キャナル)、レンガ舗装、鉄橋などが土地の記憶を伝えています。
タウン内の建物や水路の写真は、このような雰囲気。

2014年5月19日

680/1000 正慶町公園(神戸市兵庫区)

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正慶町公園は、JR兵庫駅の南西近くにある小公園で、公園名は1900年~1978年(明治33~昭和53)まであった正慶町という町名に由来します。
『角川日本地名大辞典 28 兵庫県』(角川書店)によれば「町名は字正慶島によるというが、正慶年間(1332~1333)ごろ当地の開拓がおこなわれたためといわれる」と書かれています。
Yahoo!辞書を見ると、鎌倉時代末期の年号「正慶」は「しょうきょう」とも「しょうけい」とも読むようですが、旧町名と公園名は「しょうけいちょう」と読みます。

2014年5月18日

679/1000 南天満公園(大阪市北区)

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大阪市内を流れる旧・淀川(大川)の両岸は、都市計画上は毛馬桜之宮公園という一つの公園ですが、実際に開設されている公園は川や道路を区切りとしていくつかに分けられ、それぞれに開設公園名が付けられています。その一つが南天満公園です。
区域で言えば、天満橋と天神橋の間500メートルほどの北岸が、これにあたります。

2014年5月17日

678/1000 滝川公園(大阪市北区)

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大阪・天満の市街地にある滝川公園には、「天満組惣会所跡」の石碑があります。
天満組は江戸時代の大坂市中を南・北・天満に三分し行政を取り仕切った大坂三郷の一つで、その事務所・役所が惣会所です。本ブログでも以前に南組の会所跡に隣接するNo.164 農人町公園を訪ねました。

と言うことで、滝川公園の出入口を入るとすぐに件の石碑が迎えてくれるのですが、説明をよく読むと最後に「北西隣の一角がその跡」と書かれており、いきなり出鼻をくじかれます。

■石碑「天満組惣会所跡」
大阪三郷の一つ天満組の惣会所は町の代表 惣年寄の事務所であった。惣年寄は世襲で町の自治行政面をつかさどっていた。北西隣の一角がその跡。

2014年5月16日

677/1000 十三東公園(大阪市淀川区)

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十三東公園は、その名のとおり阪急・十三(じゅうそう)駅の東側、商店街を通り抜けて徒歩2分のところにある小公園です。

資料によれば公園そのものは1200平米ほどですが、隣接する神津(かみつ)神社の境内地と繋がっているようなものなので、かなり空が開けている感じがします。

繁華街が近いためゴミ捨てや不法駐輪などもあるにはあるのですが、そう荒れているというほどでもありません。
横に大きな神社があって日常的に人目があることが効いているのではないかと思います。

(2014年4月訪問)

2014年5月15日

676/1000 浜添公園(神戸市長田区)

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No.675の真野公園は、住居表示では長田区浜添通2丁目にあります。そこから3ブロック離れた浜添通5丁目に浜添(はまぞえ)公園があります。
この地区のシンボルとも言える三ツ星ベルト本社工場のタワーを望む絶好の位置にある浜添公園ですが、今回も、 (株)総合計画機構が所蔵する阪神・淡路大震災1週間後の記録写真をお借りして見比べてみました(当時の写真は下に撮影年を記載)。

2014年5月14日

675/1000 真野公園(神戸市長田区)

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神戸市長田区の真野地区は、川崎重工や三菱重工の大工場がある兵庫区和田岬地区に隣接し、小規模な町工場が多い住商工が入り混じった地区です。
ここでは、1960年代の公害対策運動に端を発し、福祉・居住環境改善のためのまちづくり活動が続いており、そこで培われたコミュニティ等が1995年(平成7年)の阪神・淡路大震災の折に火災延焼防止、人命救出などに役立ったことが注目を浴びました。

阪神・淡路大震災から1週間~1ヵ月ほどの間、私は都市公園の被害状況や利用状況に関する現地調査に携わっていたのですが、その時にも訪れた真野公園に久しぶりに立ち寄ってみました。
(株)総合計画機構が所蔵する当時の記録写真とあわせて見てみましょう(当時の写真は下に撮影年を記載)。

2014年5月13日

674/1000 東尻池公園(神戸市長田区)

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尻池という地名は、『角川日本地名大辞典 28 兵庫県』(角川書店)によれば「苅藻川河口の入江がのちに大きな池沼となったもので、その池水の落とし口(尻)の沼地を尻池といった」と書かれています。
今は池も沼も見あたらない職住商が混じった旧市街地で、その一角に東尻池公園があります。

2014年5月12日

673/1000 刈藻小公園(神戸市長田区)

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刈藻と書いて「かるも」と読みます。

『角川日本地名大辞典 28 兵庫県』(角川書店)の刈藻川の項によれば、刈藻の名は柿本人麻呂の「玉藻刈る敏馬をすぎて 夏草の野島が崎に舟近づきぬ」という万葉集に収められた歌から取られたと言われる、となっています。
ちょっと自信なげな書き方にも思えますが、歌を普通に読めば「玉藻刈る」は「敏馬(ここから8キロほど東の神戸市灘区の浜の名)」にかかる枕詞なので、なぜそれが長田区の川の名前になったのか、よく分からない説明です。

さて、そんな疑問はさておき、お題は刈藻小公園。
非常に細い路地を挟んで長屋や町工場に三方を囲まれた遊具広場型の公園です。

2014年5月11日

672/1000 越中公園(大阪市中央区)

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越中公園は、大阪市中央区の旧・越中町(1979年まで)にある小公園です。
このあたりは大坂城の南方に位置しており、豊臣時代には多くの大名屋敷が立ち並んでいた一帯です。越中町の名も、屋敷を構えていた越中守細川忠興にちなむものだと言います。
が、どちらかと言えば、その妻・細川ガラシャの終焉の地という方が通りがよいように思います。

2014年5月10日

671/1000 千亀利公園(大阪府岸和田市)

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少し変わった名前の千亀利(ちきり)公園は、別名・千亀利城と呼ばれる岸和田城跡の中心部を公園としたものです。
城跡内にはほかにも市役所や高校、住宅などがあり、また本丸と二の丸の間を車も通行できる一般道が入っているなど色々と厳しい条件もあるにはありますが、江戸時代から残る堀と石垣、模擬天守、そして公園の緑が一体となって、なんとか歴史的なたたずまいを醸し出しています。

2014年5月9日

670/1000 弁天西公園(大阪市港区)

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No.669の弁天公園よりも東にある弁天西公園。
古い文化住宅(長屋)に接した小公園で、公園敷地との境界ギリギリにまで食い込んだ地蔵の祠にも趣が感じられます。

2014年5月8日

669/1000 弁天公園(大阪市港区)

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弁天公園はJR環状線・弁天町駅の西側、弁天地区にある小公園です。
やや古い区画整理地でよく見られる、整った長方形の公園の真ん中に植栽帯を入れて大きく二分し、片側を遊具広場、もう片側を休憩などに使える広場とした形をしています。

2014年5月7日

668/1000 八幡屋公園(大阪市港区)

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地下鉄・朝潮橋駅の目の前にある八幡屋(やはたや)公園は、1923年(大正12年)開園、現在の開園面積12.4haの大きな公園です。

開園当時は「大阪市立運動場」として陸上競技場がメインの施設でしたが、周辺の区画整理や道路整備などと足並みを揃えて徐々に区域を拡大してきました。
その間、50メートルプール、野球場などが整備されていた時期もあったようですが、各種施設の老朽化・建て替えで陸上競技場は東住吉区(長居公園)に移転し、逆に体育館が中央区から移転してきたり、交通公園ができたり無くなったりして、現在は競技用の屋内プールと中央体育館を中心に、区のスポーツセンター、多目的広場などを持つ公園になっています。

2014年5月6日

667/1000 桜木公園(兵庫県尼崎市)

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桜木公園は、阪神・尼崎駅から南へ下がった下町の長屋街にある遊具広場仕立ての狭小公園(130平米)です。
東から入ってくる6メートル幅ほどの道路が長屋街にぶつかって行き止まりになるところにあり、四周を道路に囲まれているうえに高い建物がないため、数字ほどの狭苦しさは感じられません。

2014年5月5日

666/1000 開明中公園(兵庫県尼崎市)

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開明中公園は、阪神尼崎駅のすぐ近く、江戸時代の尼崎城の中心近くにある公園です。
明治の初め、この場所には尼崎藩の藩校・正業館(せいぎょうかん)がありました。「明治になっているのに、藩校なの?」と思ってしまいますが、明治元年は1868年、廃藩置県は1871年(明治4年)ですので、その間はいちおう藩が存続していて藩校も運営されていたということになります。
その後、藩校は小学校に改められ開明小学校となりましたが、2004年春に移転・統廃合され校舎は尼崎市の分庁舎に転用、そして校庭が開明中公園になりました(開明小の跡地ですが、開明中(かいめいなか)公園というのが注意ポイントです)。

2014年5月4日

665/1000 くすのき児童遊園(東京都墨田区)

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くすのき児童遊園は、敷地は狭小かつ変形で扱いにくそうなのですが、場所が東武・東向島駅のすぐそば、かつ小学校の門前なので、色々と細かく使われていそうな雰囲気のある公園です。

2014年5月3日

664/1000 さつき公園(東京都墨田区)

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さつき公園は、東武・東向島駅にほど近い、下町の住宅地の中にある公園です。
普通に車が通れるような道路にはまったく面しておらず、4m幅も無いような道路から、さらに路地を入っていった奥に急に公園が開けているという立地になっています。

どれぐらい奥まっているかというと、これが公園内から外にあるアパートの物干し場を見たところ。
公園へ出入りするには物干し場の下を通らねばならない(写真左側の隙間は段差があるので自転車は通りにくい)のですが、いったいどういう位置づけの通路なのかが謎です。

2014年5月2日

663/1000 なつめ公園(東京都墨田区)

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なつめ公園は、東向島の混みあった住宅地の中にあって、角地に建つマンションの後に回り込むような形をした鈎型の敷地で、2方の道路に面して狭い間口を開けています。

こうした変形の公園は外部からの見通しが悪く、なんとなく入りづらい雰囲気が漂ってしまうものですが(実際に安全管理の面では注意が必要でしょう)、ここでは出入口付近に花壇をつくることで、その入りづらさを緩和していました。

2014年5月1日

662/100 八広六西児童遊園(東京都墨田区)

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八広六西児童遊園は、京成・八広(やひろ)駅近くの住宅街の中にある小公園です。
その名のとおり、八広6丁目の西の方にあります。

近づいていくと、道路沿いのよく見える位置に「公園あり とびだし注意」の看板が。
「ブランコ乗ったまま飛び出して来るんかいっ!」とツッコミを入れようと思ったら、公園内にはブランコはありませんでした(笑)