859/1000 北野町中公園と北野町広場(神戸市中央区)

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ここ数回続いた神戸の異人館街・北野地区の公園ですが、それらが住民向けの公園であったのに対して、この北野町中公園と北野町広場(2つが一体として設置されている)は観光客向けの要素が非常に強い公園になっています。
場所は異人館街のシンボルとも言える「風見鶏の館(旧トーマス住宅)」の正面。まさしく異人館街の中心です。

もう25年以上前のことなので私の記憶も曖昧ですが、もともと萌黄の館(旧シャープ住宅)の玄関前広場としての役割を果たす北野町中公園が先にありました。

858/1000 山本通東公園(神戸市中央区)

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山本通東公園は、神戸の異人館街・北野地区にある小公園です。
付近のランドマークである神戸バプテスト教会、インドクラブという建物に接しているのですが、それぞれの建物の裏手にあたるためあまり目立ちません。

857/1000 山本通小公園(神戸市中央区)

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山本通小公園は、神戸の異人館街・北野地区の住宅地の中にある小公園です。
もう少し西へ行くと、「山本通公園」もあるのですが、それと比べると1/4くらいの面積しかありません。

856/1000 北野町西公園(神戸市中央区)

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北野町西公園は、神戸の異人館街・北野地区の外れにある小公園です。
斜面地を登っていった住宅が尽きるところの一枚裏側(住宅地と山林の隙間)を公園としており、「坂の町」である神戸ではよく見られる立地と言えます。とは言え、下の写真の階段を進んでいった奥に公園があると言われても、知らない人は躊躇してしまうことでしょう。

855/1000 北野町東公園(神戸市中央区)

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異人館街として知られる神戸市の北野地区。現在は観光地、商業地の色が濃いのですが、元々は住宅地でした(そもそも異人館自体が港に近い地区で働く外国人の住宅として建てられたものが多い)。
今でも表通りから一筋入れば古くからの住宅や小規模なマンションが建っており、その中に住民向けの小さな公園もあります。北野町東公園は、そんな小公園の一つです。

場所は、明治31年(1898年)建設の旧アメリカ領事館官舎(現・神戸北野美術館)の北に隣接しています。写真では白い下見板貼りの建物に向かって公園から階段が通じているように見えますが、まっすぐ入ることはできません。

854/1000 篠田児童遊園(青森県青森市)

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篠田児童遊園はNo.853の西部公園から150メートルほど離れ、同じく青森駅西側の住宅地の中にある小公園です。
三方が道路に接し開放感のある公園ですが、取り立てて言うほどの特徴はありません。が、小ネタをいくつか見つけたので記録。

853/1000 西部公園(青森県青森市)

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JR青森駅前は、もともと港があって街の中心だったのは東側なため、東口から出ると商業・業務地や官公庁などが連なるのですが、西側は駅を出るといきなり住宅地になっています。西部公園は、そんな駅西の住宅地の中にある小公園です。

852/1000 駅前公園(青森県青森市)

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駅前公園は青森駅東口のロータリーに接しており、文字通りの駅前公園です。駅前の再開発にあわせて旧・国鉄から買収され、2006年度(平成18年度)にオープンしたそうなので、まだ新しい部類に含まれます。

そうした立地なので、イベント等に使いやすいようにほぼ全面が石張り舗装されています。
じっさい訪れた時も、なにかのイベント用テントが準備中でした。

851/1000 本町公園(青森県青森市)

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本町公園がある青森市本町(ほんちょう)は、その名のとおり青森のまちの起こりだと言われている地区で、かつてこの付近に文字通り「青い森」が茂る丘があって港に入る船の目印になっていたそうです。

850/1000 聖徳公園(青森県青森市)

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No.849 青い海公園の東端に、これと一繋がりになっている聖徳(せいとく)公園があります。現状はほぼ一体のものですが港湾緑地である青い海公園は県管理、この公園は市管理のはずなので、本ブログでは別々の公園だとして扱います。
歴史は聖徳公園の方がずっと古く、明治天皇ご巡幸の記念碑を中心に1930年(昭和5年)に開園したものです。ただし、港の拡張にともなって場所や区域は何度か動いています。

そして、ここが私の好きな「記念碑大集合」型の公園になっています。

849/1000 青い海公園(青森県青森市)

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No.848は青森市にある青い森公園でしたが、そこから500メートルほど離れた海沿いには「青い海公園」があります(この二番煎じにもならないほどにフラフラなネーミングには驚かされました)。
事業としては、1988年(昭和63年)の青函連絡船の廃止にともなって、残る港を一般向けに再整備・活性化させようというウォーターフロント開発(なんと80年代的な響き!)によって生まれた港湾緑地であるようです。

848/1000 青い森公園(青森県青森市)

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先日、久しぶりに青森市へ行ってきたのですが、そこには「青い森鉄道」「青い森信金」「ホテル青い森」「青い森病院」などが溢れていました。
私としては「素直に『青森』って名乗ればいいのに」と思うのですが、「青森で普通に『青森』と名乗っても、ネーミングとしては埋没して目立たない」という理由なのでしょうか。でも広島で「広い島」、長野で「長い野」といったネーミングは見かけないので、「森」のイメージを良いものとして捉えている印象は持ちました。

さて、そんな一連の「青い森」の中でも古株に属するであろう青い森公園は、1987年(昭和62年)の開園。それ以前は県立中央病院、さらに戦前に遡れば新町尋常小学校があった場所だということです。

847/1000 灘北公園(神戸市灘区)

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灘北公園は、神戸市灘区のJR線北側の住宅地の中にあります。
緩やかな斜面地に立地しており、園内は小さく2段に分かれているのですが、下段側は周りの住宅よりも道路よりも一段掘り下がった高さになっています。

846/1000 稗田公園(神戸市灘区)

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稗田(ひえだ)公園は神戸市灘区大内通にありますが、お隣の稗田小学校の所在地は岸地通になります。どちらも1933年(昭和8年)までの大字・稗田に含まれます。
小学校に隣接するうえに市街地にしては広く、自治会館の立派な建物もあって、おまけにハローワークにも隣接しているため、年間を通じて様々な利用者の多い公園だと思われます。

845/1000 岩屋北公園(神戸市灘区)

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岩屋北公園は、No.844の岩屋公園から線路を挟んで100メートルほど離れたところにある小公園です。長池地蔵という地蔵堂の隣にある細長い公園なので、かつては公園部分が細長い池(長池)だったのかも知れません。

844/1000 岩屋公園(神戸市灘区)

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岩屋公園は神戸市の東部、阪神・西灘駅から100メートルほど離れた線路沿いにある公園です(阪神には岩屋駅もありますが、ここの最寄りは西灘駅です)。
敷地の東半分が遊具広場、西半分が少年野球場になっていて、いつも利用者の多い公園です。

843/1000 武生中央公園(福井県越前市)

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武生中央公園は、平成の大合併で越前市となった旧・武生市の中心市街地近くにある運動公園です。
運動公園なので敷地の広い範囲を陸上競技場、野球場、テニスコート、体育館、プールなどの運動施設が占めていますが、一方で武生名物の菊人形展の会場でもあり、また観覧車などの大型遊具が設置されているなど武生を代表する公園となっています。

とは言え、訪れたのはまだ夏の気配が残る9月。菊人形展の準備も始まりつつありましたが、この公園が一番華やかな時期は外してしまいました。
ですので、菊人形の様子などは市役所の若手職員の方が出演するこちらの動画をどうぞ。

●『奥手な僕がたけふ菊人形に好きな女の子を連れて行ったら・・・』
 by 越前市役所PR動画作成プロジェクト

842/1000 中央公園(福井県福井市)

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No.841でチラッと話題に触れた江戸時代の福井城ですが、本丸部分は明治以降に福井県の行政中枢に転換され、現在も県庁や県会議事堂、県警本部などとして利用されています。各建物の周囲には緑地もあって寛げるようになっていますが、公園ではありません。

841/1000 柴田公園と北ノ庄城址公園(福井県福井市)

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戦国時代の終わり頃、織田信長から越前国を任された柴田勝家は、北ノ庄(現在の福井市)に城を築いて領国支配の拠点とします。しかし、この城は賤ヶ岳の戦いの後に勝家とともに焼失し、江戸時代になってその跡地に新しい北ノ庄城が築かれます。
さらに20年ほどたって「北ノ庄」という町の名が「福居(福井)」に改められたため、新城も福井城と呼ばれるようになりました。
新城は勝家の城を覆い尽くすように築かれているために、勝家の城の詳細はまだわからないことが多いのですが、その本丸推定地とされているのが、現本丸から500~600メートルほど離れた柴田神社の付近です。

ここでは都市公園としての柴田公園と、隣接する北ノ庄城址とが一連のものとして整備されており(さらに言えば神社境内もひと続き)、現地の園名板や市のHPでは「北ノ庄城址・柴田公園」と呼んでいます。また、日本の歴史公園100選には「北の庄城址公園」として登録されています。

840/1000 日光公園(福井県福井市)

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日光公園は、福井市の市街地から少し離れた福井市日光2丁目の住宅地の中にある小公園です。No.839の境公園からは200メートルほどしか離れていません。
境公園よりも一回り大きな敷地ですが、やはり7割方を多目的広場が占めており、残った一角を区切ってパーゴラのある休憩スペースと遊具広場にしていますが、その他にもポツポツと鉄棒などの遊具が散らばっています。

広場は、境公園に続いて幼稚園の運動会で使われた(使われる)気配があります。ここも隣に幼稚園があるのです。

839/1000 境公園(福井県福井市)

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境公園は、福井市の市街地から少し離れた福井市日光2丁目の住宅地の中にある小公園です。

公園の北側には保育園があって、お手製の横断歩道を渡って子供たちが遊びに来るようです。

838/1000 涼風西公園(兵庫県芦屋市)

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涼風西公園は、芦屋市の沖にある埋立地・南芦屋浜の涼風町(すずかぜちょう)にある小公園です。
周辺は住宅メーカー製の戸建てばかりが並ぶ新しい住宅地で、あまり個性の強いまちなみではないのですが、公園もそれにとけ込むように地味な公園です(悪口では無いですよ。まちなみに静かにとけ込み調和するのは、とても大切なことですから)。

837/1000 涼風東公園(兵庫県芦屋市)

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近年、「スマートシティ」という概念があります。
明確な定義のある言葉ではなく、なんとなく「太陽光などの再生可能エネルギー×蓄電池×通信機能搭載の電気メーター」などを備えた家が集まって省エネに気を使っていればスマートであるようです。あと電気自動車があったり、それをシェアしていたりすると、なおよし。

836/1000 内神田尾嶋公園(東京都千代田区)

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内神田尾嶋公園は、神田橋の交差点にほど近い内神田1丁目にあり、この辺りに永く住まわれた尾嶋さんから寄贈された土地を使った小公園です。

立地は三方をビルに囲まれ、いわゆるビルの谷間です。

835/1000 本蒲田公園(東京都大田区)

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本蒲田公園があるのは、蒲田駅の東側すぐ、再開発ビルである「アロマスクエア」「大田区民ホール・アプリコ」のある一角です。
大正から昭和の初め頃、ここには松竹キネマの蒲田撮影所がありました。山田洋次監督の作品『キネマの天地』の舞台です。それが大船に移転した後に、隣接地も含めた広い範囲が高砂香料工業の工場となりましたが、これも昭和の終わり頃に移転、跡地再開発の一環として従来からの本蒲田公園も全面的に改修されて今のような姿となったようです。

834/1000 蒲田本町一丁目公園(東京都大田区)

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蒲田駅の東口から南へ400メートルほど離れたところに、URの蒲田本町一丁目団地があります。
この団地の東・南側を囲むカギ型の部分と、住棟に囲まれた中央部との2ヵ所に分かれてオープンスペースがあり、大田区のホームページによれば両方をあわせて蒲田本町一丁目公園だということです。

833/1000 仲よし児童公園(東京都大田区)

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仲よし児童公園は、蒲田駅にもほど近い住宅地の中にある区営住宅に隣接する小公園です。
住宅とバス道とに挟まれた細長い敷地に遊具やベンチなどが集められており、時代は移っても色々と使い勝手の良い構造になっています。

西端から園内を見通すとこんな感じ。
家根の付いた砂場(そのものは写っていませんが)、鎖を使った登攀遊具、鉄棒、滑り台、ブランコなどの遊具があります。

832/1000 出村児童公園(東京都大田区)

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出村児童公園は、蒲田駅から徒歩10分京急とJRに挟まれた住宅地の中にある小さな公園です。
周囲の車道からは離れ、やや奥まった場所で細道にしか接していないうえに、3方を建物に囲まれた目立たない構造になっています。

831/1000 町屋児童公園と仲六郷一丁目児童遊園(東京都大田区)

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蒲田駅から10分ほど歩いて南に下がったあたりに細道を挟んだ二つの小公園、町屋児童公園と仲六郷一丁目児童遊園があります。ちなみに所在地はどちらも仲六郷一丁目ですが、「町屋」は明治以前の古い村の名前、「仲六郷」は今も続く町名です。
下写真で道路の右が町屋、左が仲六郷一丁目。

それぞれが200戸以上はありそうな大型マンションに隣接しており、時代は違うものの開発に伴う提供公園として整備されたと思われます。