1508/1000 中留公園(川崎市川崎区)

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中留公園は、No.1507 桜本公園から200メートルほど離れたところにある小公園です。
市立中学校と朝鮮学校に挟まれた立地にありますが、どちらの学校ともとくに繋がっている感じはしません。

日輪が輝く公園門をくぐって園内に入ると、敷地の半分くらいが土敷きの広場、もう半分くらいが築山の林になっています。

1507/1000 桜本公園(川崎市川崎区)

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川崎市の臨海部には、戦前から日本鋼管(現・JFEスチール)や浅野セメント(現・デイシイ)などの巨大な工場があり、ここに隣接して労働者の街が形成されてきました。とくに桜本公園がある桜本、隣接の大島、浜町、池上町といった一角には朝鮮半島出身の人が集まったコリアタウンが形成され、今も所々にコリアン風味が垣間見られる下町の住宅地といった風景になっています。
そんな桜本の桜本公園ですが、園内にはとくにコリアン風味はありません。

敷地は通りに面して小さな間口が開き、奥に入るとガバッと広くなるという旗竿型の形状をしています。ただし、奥の方は行き止まりではなく、人ひとり通れるだけの路地に抜けることもできるようになっています。

奥の方の旗部は、住宅や工場に囲まれているものの、それほど閉鎖的な雰囲気ではありません。
広場を中心において、竿と旗の繋ぎ目部分に広場を取って、旗部の半分くらいは遊具広場仕立てになっています。

遊具は、ブランコ、滑り台、砂場という「児童公園三種の神器」に加えて、ジャングルジム系統が充実しています。

まずオーソドックスな凸型のジャングルジム。
フレームは濃い茶系、継ぎ手は黄色に塗り分けられ、メリハリの効いた配色になっています。

続いて飛行機型のジャングルジム。
座席に座って操縦することもできますし、両主翼は雲梯、

最後尾から脱出シュートのようなパイプ式滑り台が出ているほか、尾翼も小さな雲梯のようになっています。しかし中間の棒が少なすぎるので、雲梯ではなくよじ登ったりぶら下がったりして遊ぶパーツなのかと思います。

そしてもう一つ、球形のジャングルジムとラダー遊具が組み合わさった遊具。
なんとなくビンゴマシーンを思い浮かべるデザインです。

ほかではあまり見たことがない形状ですが、登ったり下りたりだけではなく、高鬼でも人気が出そうです。

道の奥に隠れているのがもったいない桜本公園でした。

(2017年1月訪問)

1506/1000 冥加公園(川崎市川崎区)

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由来は知りませんが、なんとなく有難い名前の冥加公園。
No.1505 観音町公園で登場した観音堂から200メートルくらいしか離れていませんので、観音様の冥加(ご加護)が届いているのかも知れません。

その姿は、敷地の西半分くらいがサクラの多い園地、東半分くらいが土敷きの広場になっており、広場の一角に滑り台やブランコなどの遊具がまとまって設置されています。

1505/1000 観音町公園(川崎市川崎区)

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No.1497 大師公園から南へ500メートルほど離れた住宅地の中に江戸時代初期から伝わる観音堂があり、その隣に観音町公園があります。
西・南の2辺が道路に接しており、そこには高木植栽しかないため、非常に見通しがよい構造になっています。周囲の道路は決して交通量が少ない方ではないので、少し危なっかしく感じるほどの開放感です。

1504/1000 東町公園(川崎市川崎区)

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東町公園は、京急川崎駅前の業務ビルが多い一角にある小公園です。
いわゆる川崎堀之内の一角ではありますが、夜に賑わう通りからは少し離れて表通りに面していることもあり、No.348 吉原公園ほどのハラハラ感はありません。
京急大師線の踏切に面しており、京急本線の高架を行き交う列車もよく見えるところにあります。

1503/1000 稲毛公園(川崎市川崎区)

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首都圏で「稲毛」というと千葉市の稲毛海浜公園が有名ですが、こちらは川崎駅から徒歩5分、川崎市役所からも1ブロックだけ離れた第一京浜沿いの稲毛公園です。
すぐ横には武甕槌神を祭る稲毛神社がありますので(下写真の右奥)、公園名はそこから取られたものと思われます。

大きな交差点の角地にあるため、全体的に通り抜けがし易い広場型の構造になっています。
下写真は第一京浜をまたぐ歩道橋の上、だいたいの利用者が園内を斜めに横切って行く様子を撮影したもの。

立地が良い広場型公園ということで、園内には色々な記念碑・モニュメントが造られています。
まず、水が抜けているので非常にわかりにくいですが、由緒ある弁天池を偲ばせるという池。経緯からして、修景や遊び場を目的とするものではなくモニュメントの類だと判断しました。
●現地の解説板より「弁天池(河崎冠者基家居館堀跡)」
河崎冠者基家は坂東平氏の雄、秩父十郎武綱の子で、平安時代にこの地に移り住み荘園を開いて、その子重家との二代にわたってこの地を領したと言われています。
その居館の跡とも推定されるのがこのあたりです。
当時の荘園領主は、その居館の周囲に堀をめぐらせました。かつて、ここから第一国道に沿って小堤をともなった小川が流れていましたが、このあたりの地名を「堀之内」と言うことからも、それは堀の遺構ではなかったのかと言われています。
また、平氏はその氏神、山王権現をまつるのが常でした。稲毛神社は古名を武甕槌宮と言い、景行天皇とのゆかりを伝える川崎市屈指の古社ですが、慶応四年までは「河崎山王社」と呼ばれていました。
かつては、その小川に接して大きな神池(弁天池)があり、その中の島に和嶋弁財天がまつられており、四季折々に参詣来遊するものが多かったと言います。また、江戸時代にはこの池と小川を利用して「曲水の宴」が開かれておりました。その弁財天と曲水宴の歌碑二基は今も稲毛神社の境内にあって、当時の川崎の文化水準の高さを伝えています。
残念ながら、この池と小川は昭和20年代に第一国道拡張の際に埋め立てられ、その後は、小川をせきとめて造った小さな弁天池だけが残されていました。
今回、稲毛公園改修にあたり近代的な公園にふさわしい姿に造りかえられましたが、この池は、川崎の発祥とも言うべき川崎市居館の堀跡と、宿場時代の町民の優雅な暮らしぶりを今に伝えるものです。

こちらは、1キロほど離れた多摩川に架かっていた旧・六郷橋の親柱。
1925年(大正14年)から1984年(昭和59年)まで使われていたもので、架替後しばらくは倉庫に保管されていたそうですが、2002年(平成14年)に園内に移築されたものです。

ただ、設置場所が公園の隅の方を柵で切り取ったような空間の入口になっているため、親柱というよりは、普通の門柱のように見えてしまいます。

こちらは初代川崎市長を務めた石井泰介(1865~1931)の顕彰碑。
「遺芳千秋」と題されていますが、碑文は漢文のうえ、直近には近寄れないため内容までは読み取れませんでした。
あとで調べてみると、旧・川崎町長から市制施行の際の初代市長に就任し、工場誘致、道路整備などに尽力し、産業都市の基盤を気づいた人物だそうです。
●現地の解説板より「移築の由来」
川崎市初代市長石井泰助大人頌徳碑は、昭和18年6月市内旭町の徳泉寺境内に大人の徳を慕う者によって建設せられ、戦災にも大した損傷なくよく保存されていたが、昭和39年市政施行40周年に当り、これを機会に一層顕彰の実をあげるため大人にゆかりある土地であり戦後公共広場として整備されたこの稲毛児童公園の地域を○○地として選定しここに移築したのである

昭和40年7月

こちらは地球の周りをハトが羽ばたく「平和の塔」です。

裏面には、なにかを引っ剥がしたような跡が残っていました。

水の止まった壁泉の上にも、モニュメントが載っています。
よく見てください。

中央やや右、クスノキの葉陰に隠れるように、踊る少年少女の像がありました。
「見つけたら幸せになれる」という都市伝説でも生まれそうなくらいの目立たなさです。

色々な思いの詰め込まれようを見ると、こここそが川崎区の中央公園なのではと思わせる稲毛公園でした。

(2017年1月訪問)

1502/100 旭町公園(川崎市川崎区)

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No.14991500で登場した伊勢町の西に隣接するのが旭町で、市街地としての特徴は伊勢町と同じで、少し古めの低層住宅、アパート、商店街が見られる地区です。
そこにある旭町公園は、整った敷地形状のうえ、施設が少ないので、非常にシンプルな印象を受けます。

1501/1000 富士見1丁目公園(川崎市川崎区)

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関東地方の各所には「富士山が見える(かつては見えた)から富士見」という町名があります。
ここ川崎市富士見もその一つなのだろうと思うのですが、大正~昭和初期にかけて、この公園付近には富士瓦斯紡績(現:フジボウ)の大工場があったそうなので、もしかするとフジボウの工場が見えるから富士見なのかも知れません。
さて、そんな憶測はさておき、本日のお題の富士見1丁目公園は、大規模マンションの西側に取って付けたような細長い敷地の公園です。

ムシ型16~揺れる動物

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なんとなく陽気な印象を受けるショウリョウバッタのようなムシ型。
もちろんピョンピョンと飛び跳ねることはできず、前後にガタゴトと揺れる動きです。

ライオン型6~揺れる動物

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ライオン型1とボディは共通なのですが、持ち手や足乗せの形状が異なるので別物として整理しました。

と言うか、ライオン型1は真っ白でしたが、こちらはしっかり着色されているので、見た感じもまったく別物です。

パンダ型10~揺れる動物

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デザインの根っこはパンダ型9と似ていて、安全対策のために丸っこくて、どこにも引っかかりがなく、頭をぶつける角もない姿になっているパンダ型。

今までに登場したパンダ型は白目がくっきりしているものが多かったのですが、これは本当のパンダと同じように、目玉がいまいちハッキリしないデザインになっています。

パンダ型9~揺れる動物

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丸っこくて、どこにも引っかかりがなく、頭をぶつける角もないという、いかにも安全基準が厳しい現代風のシルエットを持つパンダ型。
これが他の動物だとまた違った印象になるのですが、パンダならしっくり来ます。

パンダ型7と非常によく似ているのですが、目元・口元が違うので別物として取り上げました。私がパンダ型7で「犬っぽい」と感じたポイントを修正した新型なのかも知れません。
目の下にチークが入っているところもオシャレです。

こちらが、どうにも犬っぽいパンダ型7。

恐竜型9~揺れる動物

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恐竜型8とセットで置かれていた "Triceratops" 。間違いなくトリケラトプスです。

ただ、トリケラトプスの3本の角のうち、鼻のところにある角の表現が難しかったようで、見方によっては「タコチューの口」のように見えてしまいます。

恐竜型8~揺れる動物

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側面にくっきりと "Tyrannosaurus" と書かれた恐竜型。間違いなくティラノサウルスです。
大きな口、鋭い目、太い後ろ足に頼りない前足、とティラノサウルスの特徴をよく表していますが、どうしても四足歩行っぽく見えてしまうのが難しいところです。

1500/1000 伊勢町第2公園(川崎市川崎区)

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No.1499 伊勢町第1公園から直線で200メートルほど離れた同じ町内に、伊勢町第2公園があります。
第1公園よりも一回り小さい約2,300平米の公園ですが、あまりモノが多くない広場型の仕立てになっているためか、中に入ると数字以上に広く感じます。

1499/1000 伊勢町第1公園(川崎市川崎区)

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川崎競馬場から川崎大師の方へ歩いて行く途中に見つけた伊勢町第1公園。周囲はやや古めの低層住宅と商店街が交じり、小さなアパートも多い過密な住宅地区です。きっと川崎臨海の工業地帯がフル回転していた時代には、賑やかだったのだろうと思わされます。
下写真は商店街とつながる北側の出入口部分ですが、南・西側は普通に接道もしているので、地区のどの方向からでも訪れやすくなっています。

1498/1000 川中島公園(川崎市川崎区)

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No.1497で登場した川崎大師の西側の町名が川中島で、そこに川中島公園という小公園があります。昔のことはよく分かりませんが、現在でも多摩川の流れから800メートルほどしか離れていませんので、かつては河口近くに形成された川中の島だったのでしょう。

敷地の中央に大きなイチョウの木が何本かあり、その周りをグルっと囲むように広場的な空間が広がっています。訪れたのが冬なので枯木立ですが、青葉や黄葉の季節には際立った景色になると思われます。

1497/1000 大師公園(川崎市川崎区)

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厄除けで有名な川崎大師の隣りにある大きな公園が大師公園で、大きな広場、大型遊具、野球場やプールなどのスポーツ施設、姉妹都市から送られた中国式庭園などを備えており、川崎市を代表する公園の一つです。
本ブログは、たいてい短い文章でサラッと読める程度の内容を志向しているので、こういう大きな公園は苦手なのですが、できるだけサラッと記録してみます。

まずは大きな広場から。
どこの公園でも、4月5月の芝が青々とする季節なら写真映えするのですが、2月に訪れたもので、冴えない枯れ芝の写真で申し訳ない限りです。

1496/1000 辻町の遊び場(滋賀県野洲市)

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No.1495 桜生史跡公園に行く途中に通りがかった集落内の遊び場。正式名称は不明です。
集落そのものから見れば外れにあたりますが、旧・中仙道沿いの目立つ場所で、また新幹線もよく見える眺めの良いところにあります。

1495/1000 桜生史跡公園(滋賀県野洲市)

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No.1494 野洲市弥生の森歴史公園でもチラッと登場した登場した国史跡 大岩山古墳群のうち、丘陵端で国道と旧中山道に挟まれた場所にある全長50メートルの前方後円墳である天王山古墳、直径30メートル前後の円墳である円山古墳、甲山古墳の3基の古墳が整備されて史跡公園になっています。
現地にあった模型から、公園になっている部分を撮影したのが下の写真。模型のある公園入口がピンク色の■印にあたります。

1494/1000 野洲市弥生の森歴史公園(滋賀県野洲市)

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琵琶湖の南東岸にあたる野洲市には、24個もの銅鐸が出土したことで有名な大岩山があります。とくに明治14年(1881年)に見つかったものの中には、今のところ国内最大の銅鐸(高さ134.7cm、重さ45.47kg)が含まれており、市では銅鐸推しの銅鐸博物館を設置しています。

1493/1000 千林公園(大阪市旭区)

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千林(せんばやし)公園は、大阪でも屈指の巨大商店街として知られる千林商店街のアーケードから50メートルほど離れたところにあります。
下の写真は最寄りの商店街の風景ですが、朝の8時半くらいなので賑わいは表現しきれていません。この商店街に関してはシャッター通りとは無縁で、昼間はすごい人混みになります。

1492/1000 森小路公園(大阪市旭区)

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京阪電車の本線に森小路(もりしょうじ)駅がありますが、森小路公園は、この駅からは500メートルくらい離れ、地下鉄千林大宮駅のすぐ隣りにあります。駅も公園も町名で言えば森小路に含まれるので何も間違っていないのですが、少しだけ違和感を感じてしまいます。

そんな森小路公園の周りは住宅地ですが、公園の直近には保育所や福祉センターなどが集まっています。保育所からは公園に向けて通用門が開いているので、たまには子供たちが遊びに来ているのでしょう。

1491/1000 主税町公園(名古屋市東区)

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名古屋城の東に連なる主税町(ちからまち)は、江戸時代には武家町、明治以降は官庁も混じる閑静な住宅地となってきた町で、今も古い建物の多い趣のある町です。
その町に区画整理事業が入った時に開かれたのが、この主税町公園です。

基本的な構造は児童向けの遊具が多い街区公園なのですが、外周の一部には大きく育った樹木の木陰となる園路を通し、周囲のコミュニティ道路とも合わせて、町の趣に似合うように工夫されています。

1490/1000 牧野公園(名古屋市中村区)

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牧野公園は、名古屋市の西側、新幹線口を出て300メートルほどの場所にある小公園です。
名古屋駅は東側が表口で、西側は裏口のようなもので駅前の様子はずいぶんと異なっており、この公園からも駅前の高層ビルが見えるものの園内はのんびりした雰囲気が漂います。

1489/1000 上米野公園(名古屋市中村区)

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上米野公園は、名古屋駅西口から500~600メートルほどしか離れていない割には古い低層住宅が多い地区にある小さな児童向け公園です。
三方を建物に囲まれて、一方向だけで道路に接する構造なうえに、開口部も限定されているため、やや閉鎖的な印象を受けます。が、これも子供たちの安全な遊び場づくりのためには必要な構造だとも言えます。