1430/1000 南長崎公園(東京都豊島区)

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南長崎公園は、西武池袋線の椎名町駅と東長崎駅の中間あたり、戸建ての多い、やや建て込んだ住宅地の中にある小公園です。

1429/1000 南長崎花咲公園(東京都豊島区)

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こちらの公園は以前は小さな児童遊園だったそうですが、1999年(平成11年)に拡張されて現在のような姿となったそうです。花咲公園というだけあって、多くの種類の花木が植えられていますが、それ以上にここを特徴づけているのはトキワ荘の記念碑です。
No.1428でも話題に出ましたが、1950年代のマンガ黎明期に手塚治虫を始めとするマンガ家たちが集ったアパート・トキワ荘は、この公園から200メートルほど離れた場所にありました。

1428/1000 椎名町公園(東京都豊島区)

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2017年現在、町名としては廃止された豊島区の椎名町(しいなまち)ですが、公園名と西武池袋線の駅名には残っています。しかし、私が椎名町と聞いて思い出すのは、1950年代のマンガ黎明期に手塚治虫を始めとするマンガ家たちが集ったトキワ荘です。

藤子不二雄Aの『まんが道』を始め、多くの作品やマンガ家たちの回想、エッセイなどに登場する「椎名町のトキワ荘」は、実際のそれを見たことがない人たちにもお馴染みの姿になっていると言えましょう。
藤子不二雄A『愛…しりそめし頃に』の一場面

1427/1000 長崎四丁目児童遊園(東京都豊島区)

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さて、No.14251426と、小さい割には役割や性格を明確にした公園を訪ねてきましたが、その2つの公園のちょうど中間、どちらからも100メートルほど離れたところに長崎四丁目児童遊園があります。

1426/1000 小鳥がさえずる公園(東京都豊島区)

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No.1425 長崎公園は「原っぱ」というわかりやすい公園像を示していましたが、そこから300メートルほど離れたところには、それに輪をかけて目指すところが明快な公園があります。
その名も「小鳥がさえずる公園」ですので、名前を聞いただけで狙い目が明らかです。

1425/1000 長崎公園(東京都豊島区)

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豊島区の長崎にある長崎公園。区役所のホームページによれば、「平成8年につくられた、豊島区では珍しくなってしまった『原っぱ』の公園だ」と紹介されています。
しかし行ってみると、原っぱは公園の一角で柵に囲まれており、ポニーが似合う小さな牧場のような光景になっていました。

1424/1000 千早フラワー公園(東京都豊島区)

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千早フラワー公園は豊島区千早の住宅地の中にあり、その名の通り花壇や花木が多い華やかな公園です。また、近くを通る(と言っても1キロ以上離れていますが)を都営大江戸線の試作車両が展示されています。
私が訪れたのは12月でしたが、花壇ではボリュームのある葉ボタンなどが冬を彩っていました。

1423/1000 千早二丁目公園(東京都豊島区)

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千早二丁目公園は、豊島区千早の住宅地の中、図書館や地域文化創造館という公民館のような施設と同じ並びにある小公園です。
面積は1,000平米ほどですが、東南角地の好立地にあって明るい印象の敷地となっています。

1422/1000 千早公園(東京都豊島区)

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千早公園は、豊島区千早の住宅地の中にある小公園です。
周囲は平らな地形なのですが、公園内は盛土によって高低差が付けられており、変化に富んだ表情を作り出しています。

下の写真で左手側が盛土山。公園の真ん中に独立峰としてそびえるタイプではなく、敷地の端1/3くらいが高くなってます。

1421/1000 長崎二丁目第2児童遊園(東京都豊島区)

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西武池袋線の椎名町駅から東長崎駅付近、線路の北側の町名が長崎で、それの二丁目にある第2児童遊園。近くに第1もしくは無印の児童遊園もあると思うのですが、食事処を探して駅前商店街を歩いている時に出くわしたのは第2公園の方でした。
下の写真は超広角レンズで撮ったように見えなくもないのですが、実際は道路が鋭角に交わる角地にあります。

1420/1000 波の上緑地:うみそら公園(沖縄県那覇市)

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那覇市の臨海部に、那覇空港と市街地とを結び、また市街地を避けて那覇新港から浦添市方面に抜けることもできる那覇西道路が開通したのが2011年(平成23年)のことです。
これの工事の関係で付近のビーチが閉鎖されたりしていたのですが、2014年(平成26年)になって、以前からあった波の上緑地が「波の上うみそら公園」という愛称でもって全面リニューアル開園しました。

1419/1000 西新小岩公園(東京都葛飾区)

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西新小岩公園は、中川の東岸で戸建住宅と中小規模の工場が混在する地区にある公園です。そうした立地にありがちな変形の鍵型敷地をしており、混み合った市街地で少しでも多くの方向から公園にアプローチできるように工夫がされています。

1418/1000 新小岩公園(東京都葛飾区)

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新小岩公園はJR総武線の新小岩駅から線路沿いに西へ約300メートル、ほぼ駅前と言って良い位置にあります。
30~40年ほど前までは工場があったそうですが、これが閉鎖された後に跡地が公園や都営住宅として再開発され、公園は1985年(昭和60年)に開園しました。面積は市街地ではかなり広めの約4.7ヘクタールもあり、この地区を代表する公園だと言えます。

利用の中心となるのは、ファミリー広場と名付けられた草敷きの広場でしょう。
元々は芝生だったのかも知れませんが、いまは各種の野草のほうが多いくらいなので、きっと春先には色々な花が見られるのではないかと思います。

1417/1000 古谷野児童遊園(東京都葛飾区)

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古谷野児童遊園は、No.1370のモンチッチ公園からすぐ道向かいにある小公園です。
なにしろ下写真で手前が古谷野児童遊園、家の向こうにある緑のフェンスがモンチッチ公園ですから、都心部のコンビニ激戦区並みの近さです。

1416/1000 池田広町公園(神戸市長田区)

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神戸市の長田神社の周囲に広がる池田地区は、1896年(明治29年)に神戸市に編入されるまでは池田村という村でした。現在も「池田広町」「池田寺町」「池田谷町」などの町名に名を残していますが、その中の一つ、広町にあるのが池田広町公園です。

1415/1000 灘丸山公園(神戸市灘区)

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この公園、名称は灘丸山(なだまるやま)公園なのですが、「灘丸山」という山があるわけではなく、灘区の字丸山にある公園です。
昭和30年代までは山を削って土採り場として使われていた場所が神戸製鋼の企業グラウンドとなり、これが加古川に移転するなどした後に神戸市が取得、1991年(平成3年)に公園として開園しました。
標高は約150メートル、市街地と山との境目に位置しており、いかにも平地の少ない神戸らしい公園です。

手近な住宅地からの出入口も、この塩梅。

1414/1000 校北公園(神戸市東灘区)

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校北公園は、魚崎小学校の北側にある小公園です。
隣には、現在はマンションになっていますが立派な屋敷林が残っており、そこから枝が張り出した樹々が、園内にある澄んだ池に美しく映えています。

1413/1000 トア公園(神戸市中央区)

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さて、トア公園の「トア」は神戸の浜手にあった旧居留地と山手の住宅地とを結ぶ道・トアロードから採られたものですが、公園自体はトアロードに面してはおらず、地元風に言えばトアウエストエリアにあります。

1411/1000 真喜屋公園(沖縄県名護市)

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名護市の北部、羽地内海に浮かぶ奥武島(おうじま)と沖縄本島とを結ぶ橋が架かるのが真喜屋(まきや)地区で、その橋のたもとに真喜屋公園があります。
名護市街地から見れば外れにある小さな公園ですが、ここは1960年(昭和35年)のチリ地震津波で校舎が倒壊した小学校跡地を公園としたものです。
●石碑の碑文より「津波被災地跡」
1960年(昭和35)5月23日午前4時11分ごろ南米チリ中部の近海でマグニチュード8.5の地震が起き大津波が発生した。津波は時速約750km(秒速約200m)の速さで太平洋を横断、翌24日未明には日本沿岸を襲い、死者139人を出した。
沖縄では、同日午前5時30分ごろからおもに久志村・羽地村(現名護市)石川市等で数回にわたって来襲、甚大な被害を被った。
当地には、真喜屋小学校があったが、津波によって全校舎・校地が破壊され校地移転を余儀なくされた。地域では死者3人、学校裏の護岸及び屋我地大橋(146m)、奥武橋が全壊した。この被災を教訓として 地震・津波の防災のために生かしたい。

1410/1000 南池ふくろう広場(東京都豊島区)

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以前、No.1371 元池袋史跡公園の記事で、豊島区が区の鳥である「ふくろう」をパブリックアートとして公園などに取り入れていることに触れました。今回はそうしたデザイン面ではなく、駄洒落名として取り入れている「南池ふくろう広場」を訪ねます。

昨日は南池袋公園でしたが、本日は南池ふくろう広場...
なんとも言えない力の抜け具合です。

1409/1000 南池袋公園(東京都豊島区)

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南池袋公園は、池袋駅から東へ2~3分ほど歩いたところにある街中の公園です。
もともとは戦災復興の区画整理事業で生まれた公園ですが、繁華街の中にあって数年前までは鬱蒼と樹々が茂り、昼間からゴロゴロしている人が多くてあまり気持ちのよい場所ではありませんでした。

ところが地下の工事の関連でしばらく閉鎖された後、2016年(平成28年)に全面リニューアルされて、大きな芝生広場とカフェレストランを持つ最新型の都市公園として生まれ変わりました。

1408/1000 西池袋公園(東京都豊島区)

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西池袋公園は、池袋駅を西へ出て、立教大学まで行く途中にある公園です。
一般道を間に挟んで南北2つのブロックに分かれており、北側は園地や遊具広場に、南側はフェンスに囲まれてボール遊びなどのできる広場になっています。

1407/1000 池袋西口公園(東京都豊島区)

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池袋西口公園は、池袋駅を西に出てすぐにある公園です。
石田衣良の小説でテレビドラマにもなった『池袋ウエストゲートパーク』で有名ですが、ブログ作者は小説・ドラマとも未見のため、本当のところどれくらい作中に登場するのかはよく知りません。

そもそも、この駅前の敷地には1909年(明治42年)から1964年(昭和39年)まで、東京府豊島師範学校および同附属小学校があったそうです。園内には、その記念碑がありました。

1406/1000 野崎公園(神戸市中央区)

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野崎公園は、市立葺合中学校の東側に一般道を挟んで隣接する小公園です。
この葺合中学校の敷地が非常に狭いため、公園の広場が学校活動にも使われているようで、葺合中学校のホームページに掲載されている「校舎配置図」を見ると、公園は「東グランド」と記されていました。
神戸市立葺合中学校HP 校舎配置図より引用
http://www2.kobe-c.ed.jp/fki-ms/?page_id=28

1405/1000 熊山公園(神戸市中央区)

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熊山公園は、神戸市中央区の熊内町5丁目にあります。
「熊山」という小字は隣接する葺合町にあるのですが、熊内町自体が、開発が進むたびに葺合町から一部編入を繰り返して広がってきた町ですので、公園がある場所も旧・葺合町熊山に含まれるのかも知れません。

公園のすぐ北側には、「峯薬師」という額のかかった薬師堂があります。
詳しいことは何もわからないのですが、この付近が熊の山だった頃から祀られているのかも知れません。

1404/1000 熊内台南公園(神戸市中央区)

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神戸の中心市街地・三宮から生田川の東側を上り詰め、山に突き当たるあたりが熊内(くもち)町です。全体的に標高の高い地区なのですが、中でもずば抜けて高いところにある戸建住宅団地が熊内台と呼ばれている8丁目です。

どれくらい高いかというと、熊内町3-1にある雲中小学校前のバス停が海抜約45メートル、8丁目にある熊内台北公園が海抜約105メートルですので、狭い範囲でグーッと高くなっていることがわかります。
YAHOO!地図の距離計測機能を使って作図・引用
http://map.yahoo.co.jp

1403/1000 幸喜公園(沖縄県名護市)

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沖縄自動車道の北端が許田ICですが、そこから国道58号に出て、少しだけ南に戻った幸喜(こうき)地区に幸喜ビーチがあります。以前は名護市民ビーチと呼ばれていたはずですが、いつの間にか呼び名が変わっていました。変更理由は不明ですが、とりたてて市民から切り離された様子はありません。

そのビーチの陸上部分というか、トイレや駐車場などのある部分が幸喜(こうき)公園にあたります。
ただし都市公園としての正式名称は喜瀬(きせ)公園で、南隣の喜瀬地区の名前が付いていますが、園名板などの表示はすべて幸喜公園です。このあたりの名付けの経緯や理由はよく知りませんが、一般の利用者にとってはあまり重要なことではないでしょう。

1402/1000 間栗公園(東京都葛飾区)

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間栗公園は、中川の東岸沿いにあるポンプ場の横手にある公園です。
一見すると普通の公園で、よく見ても普通の公園なのですが、葛飾区にはほとんどの公園を対象とする『葛飾区立公園条例』のほかに、この間栗公園を含む3公園だけを対象とする別条例があるので、土地所有状況や管理方法などに何か特別なところがあるようです。

1401/1000 崎本部緑地(沖縄県本部町)

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沖縄本島にある本部(もとぶ)港は、1975年(昭和50年)に沖縄海洋博が開かれた際に大型船舶が接岸できるように拡大整備された港で、今帰仁村の運天港と並んで本島北部では主要な港湾となっています。
この港の南端にあるのが崎本部緑地で、見たところ、ここ数年の間に作られた港湾緑地であるようです。